中学英語・中学数学のオリジナル問題集(社会&理科も好評)の販売とサポート!
中学生の学習の仕方 中学生の学習の仕方
 「中学生の学習のしかた」
中学生の学習
のしかた
中1数・英問題集
中2数・英問題集
中3数・英問題集
トップページへ
戻る

  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§202 計算について思うこと 
<質のよくない教師>

 中学数学、1年も2年も3年も一学期の内容は「計算」である。たかだか計算である。たいしたものではない。たいしたものではないから、生徒はまずまずよくできる。平均点もたとえば中1なら80点前後とか、中2,3なら70何点とか高い。よって、88点だったとか、94点取れたからといって単純に喜んではいられない。それが本人の数学の力を表しているのでは決してないから。ただし親の立場、とくに母親の立場でいえば違う。ストレートにそのまま、よかったね!とか、頑張ったね!とか、褒めてあげたらいいですね。

「計算」は、数学の縁の下の力持ち的存在である。主役は図形と関数にあり、それを支えるだけの力が計算に果たしてあるかどうかがポイントなのである。つまりどういうことかというと、「計算力について」のいう題名ですでにメルマガで配信しているのですが、その一部を下記に再び載せてみます。

「計算力があるかないかの判断はむしろ、それを使って解く文章題や関数、図形の問題のなかで、その計算の正確さとスピーディ性が活かされているかどうかで下すべきだ、とわたしは捉えています。計算問題を単純に解けばいいという状況とは違い、文章題や関数、図形の問題を解くという場面とその意識のなかには、緊張感と思考の集中が伴うわけで、その折に雑な計算、基本から逸脱した計算のしかたは、それだけで、ミスを誘発するのは当然であり、また現実、多くの生徒はどれだけこの場面でまごついているか、また折角解き方がわかったとしても、計算の段階でその数値がおかしくなり、正答に至らないケースが如何に渦巻いているか、わたしは当然ながらその事例をイヤというほど、また呆れるほど観てきた。」

 計算中心のテストの点数と「計算力」が、常識では相関性をもって密接に結びついているように思われがちだけど、実はそんなに信用できないのである。ふだんかなり成績がいい生徒でさえも、計算力という目でいえば、決して安心できないというか不安定さを持っている者は意外と多い。これはしかし、1,2年生のときはそれほど問題にはならない。単純な計算ミスとかで片付けてしまうことが殆どであろう。第一、学校の授業にふつうに沿っていけば、複雑な計算、また式を何度も組み立てて計算するような問題にぶつからないではないか。
 
 中3になれば多少出てくるけれど、それとて教科書や学校の授業レベルでは、さほど込み入ったものを習うわけでない。つまり、中3の基礎知識を習った裏の応用問題に、そして入試のなかの応用問題になって初めて、力強い計算力があるかどうかが問われるのである。再掲載の内容は、そのことを指している。

 最後の土壇場の場面で思うことは、解法がもしわかったのなら計算だけはしっかりやってくれ、そしてとにかく無事に答えはあってくれ、というただそれだけなのである。たかだか計算ではないか。たいしたことはない。そう思いたいのである。しかし、そのためには、1,2年のあいだに計算は基本のルールを守り、そしてたっぷり浴びるほど演習しておくことである。

 計算の大事な基本のルールは守るとして、では「計算のしかた」というものはたったひとつしかないかというと、そうではないでしょう。本人に安全安心かつ正確な計算のしかたがあるなら、それでいい。スピーディにまたミスを殆ど起こさない(98%ぐらいかな)方法なら、それでいい。何がなんでもこれしかいけない、という計算のしかたは、或る段階に至ればむしろ弊害があるともいえるだろう。

 ところが、あるお父様から、次のようなメールをいただきました。その一部を、ご了承のもとに以下転載いたします。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 昨日、問題集頂きました。中2数学の問題集のほうですが、解法が学校と全
く違うようで最初は本人戸惑っていました。私が教えている時も違和感があっ
たのですが良く聞いてみると、問題点(?)がありました。

(学校での指導)ほんの一例です。
 式の計算 演習{A}NO4 Q7(2)  1/38(x+y)-1/6(x-5y)ですが、
 これを妹尾先生のように以前、解いていました(もちろん教えましたので)。
しかし学校では、×にはならないものの評価AではなくBになるそうです。

 当然、分配法則を使いますが、その前に通分して分母を揃えますよね。それ
の方が計算過程も半分に短縮できますし。 ところが小テストの答案を見まし
たら、1/3x+1/3y-1/6x+5/6y にしてからX、Yそれぞれを通分して解答は、
x/6+7y/6が望ましいとの事。5問すべて正解で、学習到達度はBです。

 理由は、授業でやったことではないという事でした。教師経験推定20年位の
教師です。 これでリズムが狂ってしまい、NO.4などは結構ミスがありました。
こればっかりは見過ごせず直談判かと思いましたが、先生でしたらどうでしょ
う? テクニックらしいテクニックではないでしょうが、計算を簡単にするの
が常識と教わった世代(地域性もあるでしょうが)としては首をかしげてしま
います。妹尾先生の解答を見せたところ”これならできるよ”と言って解き直
ししましたら、NO.1からNO.6(式の計算の基礎編)まで満点でした。やっぱ妹
尾先生方式でいくよ!! プロだから!と言うのが子供の感想でした。万事こ
のようなお寒い状況ですが、入試で点数取れた方が良いと言ってました。

 ちなみに定期テストは数学ワークそのままの出題で学校の解法丸写しが100
点で、途中の式が習っていない解法だと何点か引かれるそうです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 このお父様へのわたしの返答の内容は省きますが、まあ、それにしてもこの教師の質の悪さ、指導の身勝手さには愕かされます。教師自身が弊害をもたらし、吐き散らしている。

 答があっていなくても途中の式があっているなら、また惜しいことに計算のミスはあるが生徒の考え、解法の筋道が正しいのなら、部分点を与える採点方法が入試にある(ただし、高度な問題に限り)のはよくご存知のとおりだと思うけれど、それはまた有難く恩情(?)にも似たものを感じるけれど、この教師の低レベルの認識と所業はまさに正反対である。

 授業で教えた計算方法ではないという理由で全問正解の学習到達度が、Bという評価のしかた、加えて定期テストなるものが、数学ワークそのままの出題で学校の解法丸写しで100点という安易で手を抜いた問題作り、さらに途中式が習っていない解法だと何点か引くという、こういうとんでもなく非常識なやり方と指導、そして内申にも影響する不公平感たっぷりの成績評価のつけ方が罷り通っているいまの公立中学にはゲンナリしますね。もちろんこういう教師は一部なんだろうけれど、しかし、である。もうひとつの内容も書いてみます。
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 一年の一学期に”鶴亀算”(筆者注:私立超難関中)をやってみろ!と言わ
れて、息子だけが出来たそうです。当然ですが(中学入試では必須です)。そ
こで数学の先生が言った一言、思い出しました。「小学校ではやらないのに他
の勉強でもやっていたの? 学校の勉強を一生懸命やらないと」 何と言った
らいいか分らなかったそうです。「じゃあ出題すんなよ」と心に念じていたそ
うです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 まったく生徒のいうとおりです。じゃあ出題すんなよ!である。「おお、よくできたなあ」と、素直に目を丸めて褒めてあげるべきところを、「学校の勉強を一生懸命やらないと」の言い草はなんだっ?! 教師として生徒を教える以前に、まず一般社会でも通じるまともな言動を最低身につけろ、といいたいね。類は友を呼ぶという表現はおかしいが、よくもまあレベルの低いところで同質の教師がふたりも同じ中学校にいるものだと、つくづく呆れる。一部というその割合が、実際はもっと高いのではないか?!


 計算なんて所詮手段であり、目的ではない。答があうのならどうやってもいいとまではいいませんが、大事な基本部分さえきちんと守れば、あとはある程度自由に風通しよくやってよいと考えてます。「計算のしかた」は、それこそ基礎の基礎の段階ならば一通りだけど、複雑になりあるいは高度になれば、実際には途中から何通りかに枝れた方法が出てくるわけで、そんなことに拘泥するのは下策に過ぎず、なにより大切なことは、速く正確に出すことでしょう。ぐずぐず時間がかかり、誤答を出すことではありません。ミスを絶対しないという自信、つまりそこまでの演習をじゅうぶんしているのなら、途中式を飛ばしていいもの、むしろそのほうがミスが出にくいものがなかにたくさんありますよ。このお父様が簡潔にお書きのように、「計算を簡単にするのが常識」の視点に立ち、そしてその裏づけになる猛訓練をすればいいだけなのです。

 さて、教える側のとんでもない問題点と弊害の状況を指摘しましたが、そして同時に、計算への認識と考えかたについても言及したつもりですが、最後にひとつ、生徒側に尋ねておきたい。
「計算の訓練はじゅうぶんやっているか?」と。

 つねづね書いておりますが、「わかること」と「できること」とは違う。「計算」という、数学のなかの一番やさしい単元でも、このことはいえるかと思います。わたしの眼からいえば、「わかる」の段階に留まっている生徒が多くいる。「できる」の段階でもまだ、中途半端な力の生徒がたくさんいる。前者も後者もそれぞれ問題ありなのだが、とくに後者。ほんとうに大丈夫か? その力、成績は、計算のテストのときだけよいものではないだろうね。文章題や関数、図形の問題を解くときに、そのほんとうの力がほしいのだけど、まごまごせずスピーディに、あれこれ式を組み立てて計算できるだろうね。

 つまり、他の単元と違って計算は、「できる」の領域に留まっているようではまだダメなんで、それを超えた向こう、絶対の自信があるといえるところまで届いていなければならない、と思うのだが。その訓練、演習が、いまの生徒はどうも足りていないように思うのだけど、さてどうか・・・。