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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§134 入試問題の特徴をつかむ?・・・VOL.2
<思考力の正体>

 前回の最初にも書きましたが、「学力=知識の量」とする学力の考えから、「学力=思考力、表現力、問題解決能力」とする考え方への転換、それを中学生あたりに適用しようとする無邪気で愚かとしかいいようのない誤った施策、そしてそれが絵空事であるかのように現場で殆ど何も実践されていないのを見るにつけ、そこには戦後の日本の教育が、古来から培ってきた叡智、人間としてあるべき心構えと躾け、人格とか徳という、目に見えない価値を古くさい封建主義の遺物と見做して否定し、あるいは捨て去り、民主主義のよき点も悪き点もすべてわからず丸呑みした結果、また同時に悪平等主義を信奉した結果、惹き起されてきた数々の矛盾と悪弊にも、なんら責任も痛みも感じていないのと同種同次元の、無智無能ぶりがまたまた露呈されているようで、どうにも腹立しさを覚える。

 のっけから辛辣で、重苦しいことを書いて申し訳ありませんが、どうしても問題の根っこに横たわっている悪しき本質については、その片鱗だけでも触れておきたかったのです。 

 さて、学力=思考力、表現力、問題解決能力と謳う、いまの教育レベルはご承知のとおり、学力低下を懸念する云々ではなく、とっくに学力低下そのものであり、その学力の中身は、学力は「知識の量」ではないという以前に、知識の量そのものが勉強を進めていく上でまったく足りない、恐ろしく不足しているというのが、現実の中身でしょう。思考力や表現力を求める前に、暗記力と読解力の大いなる不足とその障害を問題にすべきなのですが、もうここですでに、誤った認識とずれがすでに起こっているのです。

 その「思考力」について正体を、ここで少し煮詰めておきます。それはもちろん、中学レベルのものとして、また数学に関して。

「表現力」という言葉はわかりますよね、そのイメージする実態も。では、並列的に並んでいる「思考力」は、数学において、どうイメージするんでしょうか? 思考力を要す問題といいますが、その思考力なる実態をイメージできますか? そしてまた、どういうふうにしてそれを、具体的に身につけていく、いやいや、獲得していくんでしょうか?!

 実物を引き摺りだして目には見えるように説明できればいいのですが、そのようなことは到底叶うものでもありません。まるで雲をつかむようなもので、つかむ手からするっと逃げていきそうですが、まあ何らかのイメージ、示唆なるものが少しでも表出できればいいと思って。

 この言葉、「思考力」をそれまで幾たびか耳にしても、ほんとうに切実に響いてくるのは中3の後半の秋になってから、というのが大半の生徒の状況ですが、たとえば、思考力を要す問題を20問すれば、思考力がつくと思われますか。現実的に時間も足りず、2,3週間や1ヶ月ではとてもきついわけですが、しかし100問も問題演習したとすれば、思考力が身につくと思われますか?

 この言い方はちょっと誘導質問になりすぎますが、答えは否ですね。町の本屋さんなんかでも算数や数学に関して、「思考力を養う・・・」とか「思考力を鍛える・・・」とかの題名で専門家が書いた書物が、学参コーナー以外の棚にも置いてあることがあり、それにたまたま目が触れることがあります。実際に買って詳しく読んだり解いたりしたことは過去に幾度かありますが、いまでは、ぱらぱらっとページを繰って見るに過ぎません。

 なぜか? それはわたしの学び方も悪いのでしょうが、大抵は見かけと違い、真剣に読む値打ちのない内容であることが、ある程度瞬間にわかるからです。また、その他のノウハウ本と同じくちっとも効果がない、エキスを汲み取ることができない、思考はしても思考力に結びつく実感が伴わないからです。よってそれらは、記憶の片隅にも残っていません。○○力、とは無縁な行動です。
生徒がする学習行動も実は、後者と本質的には殆ど同じですね。

 現実の1例を引きます。中3の数学の授業で。
 思考力を要す問題をしました(なんか、変な表現ですが)。もちろんそれは図形です。内容は相似の入試問題レベル。まずは例題の説明。(図形を描いて細かくリアルに説明できないのが残念ですが。)

 生徒に問題を読ませます。わたしがゆっくり噛むように読む場合と、生徒に読ませる場合があります。まず問われるのは、しっかり問題を読む力――図を確認しながら書かれている条件を一つも落とさず正確に掴み取る力ですね。 これも生徒は実はわかっていないことが多い。国語の文章と同じように、速くすらすら読もうとする。速くすらすら読んでいては、図を観ていないどころ
か、条件も満足に拾えない。図形問題は、条件を1つ落とせばできっこないですからね。その認識も薄い。

 図をみながら問題を読むということは、のろまでたどたどしい読み方になるのが自然で、それこそ頭に響いて届く、思考回路に点火する読み方でしょう。ところが、生徒の問題を読むのを聞いていると、それはまるで他人に聞かせる読み方で、この場合はむしろ不自然、本人の頭には問題内容が少しも残っていないのがよくわかる。ゆえに直していく。

 これに似た作業は、中1の方程式の文章題、中2も同様、また1次関数、図形の証明などでも伴います。そこで基本の読み方を習得すべきです。そんななんでもない基本を繰り返し教えても、時間が経つといとも簡単に忘れ、身につけない生徒が多いです。

 さて、解法をゆっくりと説明していく。
「まず1番の問題。この問題条件を図に書いて・・・。わっかを入れて・・・。まだ考えていないぞ、頭の中は。すぐみてわかることを図に足していく・・・。さあ、ここからじっくり考える。問題の条件、角の2等分線から何がいえるんだ? ○○、言ってみろ。<沈黙> ふーん、次、△△、言ってみろ。<沈黙>教えただろうが、ついこの前に。応用で使うんだって。すぐ閃けよ・・・。じゃあ、□□、言ってみろ。<沈黙> <しかたがないから説明する> 次!うーん、これは3角形の相似がないなあ。どうするか?! この点から平行な補助線を引くんだな。突然描いたぞ。そうすると、右の部分で平行線の線分比がわかる。・・・・・。ところで、底辺を見て、前の比のわっかと較べて、・・・。ここで仮にこの部分を2とすると、・・・。そして上と下の線分比を統一する。うん? わからん? あのなあ、これは小学校で習っておくところやろうが。<その説明に長々時間を喰われる。やっと、何とか理解> 次に、比例式で・・・。求める長さの比は、この部分と同じ、つまり転化する。この問題の条件の出し方は前の問題と較べて・・・。これが、求める答え。もう一度、違う角度で言うぞ。ここは・・・。ポイントは・・・で、・・・。また、・・・。

 さて、この問題を解くためのポイントはどうなるんだ? 解法のポイントを大きく2つあるけどなあ、その部分を言ってみろ、◇◇。<沈黙> 次、△△。<・・・・> それは条件だろう? ポイントとは違うぞ。▽▽、言ってみろ。<・・・・・・・・・・・・・・・・> もう、ええ。それはこの問題に対する解答の順番だろう?! そんなことは覚えてられんぞ、言っているのはポイント! できるだけ端折って、エキスだけを言うんだよ。でもなあ、説明の折に、ポイントをすでに言っているんだがなあ・・・。」

 できるだけ双方向で確認しつつ教えるんだけど、それはまるで暖簾に腕押しとはこのことで、よほど気力を持って教えないとがっくりきますね。 また応用レベルになると、たった1問を説明するのにとても時間がかかります。しかし、この1問だけで生徒の持てるその思考力の状態は、凡そわかってもらえるとは思うんですけど。(ごく平均的な生徒で表現しましたが。)つまり、思考力なんて言葉はまだこの段階では使えまえせんね。

 思考力を唱える以前に、生徒の次元に立てば、もう恐ろしいほどいろいろな問題点、課題点が潜在しているのです。しかもそれは、中3の後半にもなってですよ。少しでいい、ほんの少しでいいから、その基礎なるものは学校でとことん教わっておけ、そして身につけておけ、といいたい。
 中1・2生はしっかりね!

 思考力を支えるものが、上の授業の1例でわかったでしょうか。問題をまず正確に読み取る「読解力」、教わったことをしっかり覚えておく「暗記力」、応用問題の解法と授業を自分の目と耳と頭で「整理整頓できる力」、その解法のポイントを追求して「急所を押さえる力」です。どれ一つが欠けても、まともな思考力はつきません。

 特にあとの2つは、授業の中だけでは到底身に付くまでは至っていないわけで、帰っての再度の復習、自分の頭での考え直しと解法の整理などの勉強が求められます。そのあたりからほんものの受験勉強が、応用問題に対する思考の練が始まるのですが、十分にわきまえ実行できる生徒は数パーセントなんでしょうね。

 こんな問題、といってもわかりにくいでしょうが、説明には40分以上かけて教えたわけですが、実際自分でほんとうに解くとしてその時間は、2,3分で処理するようになって初めて、そして問題を見ただけですぐに解法のイメージとポイントが瞬時に脳裏に浮かぶようになって初めて、つまり頭なんてやわな部分に仕舞いこむのではなく、とことん自分の体内に沁みこませるぐらいでやっ
と、他の似た応用問題にも活用できるんですよ。

 この作業の連続と集積が、思考力の正体です。