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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§120 数学の応用問題を解くときの心構えについて(改訂)
<水が出てくるまで掘る!> 

 数学の応用問題を解くときの心構えは、
「自分の力で解けない問題は、解けない」と、思うことでしょうか。

 これが今回の、はやばやとした結論です。
 20数年数学を教えてきて、また生徒を観てきて、わたしなりにくだした非情なる(?)結論、認識、感懐です。およそ95%くらいの真実、と捉えてくださってもいいかなと思っています。

 その問題とは、どのような種類の、どのようなレベルの問題かといえば、これまた生徒の力に依りますし、学校の教科書レベルの平易な問題から入試応用の問題までさまざまな場面でぶつかって問題が解けない事態は起こりますから、一概には規定できないのですが、ここではあえて、トップレベルの問題(といっても、それは公立入試の範囲内で)として述べてみます。そして生徒も、数学の力はそこそこある者を対象に、また想定して話してみたいと思います。

 以前、「学べることは、教えられず、教えられることは、学べない」という言葉を借用して述べたことがあるのですが、特にこの後半の文句、教えられることは、学べない、という意味と、「自分の力で解けない問題は、解けない」は、どうやら底に流れているものが共通しているようです。

 また、次のような言葉があります。
「成功者は、自分で考えてから、他人の知恵をもらう。それとは逆に、他人の知恵をもらってから考えるので、失敗するのである」

 これを勉強する場面、特に数学の応用問題を解く際に置き換えると、次のようになりますか。
 
「数学でほんとうに力のある生徒は、まず習った知識をしっかり使い、活用することを真剣に考え、粘り強く自分の力で、なんとしても解こうとする。見事解ければよし、そのポイントを自分で確認する。解けなければ、何で解けないのか、その解けなかった原因、自己の躓きとなる箇所を、他人の知恵、すなわち、先生の解法の説明と、なかんずくそのポイント、急所なるものに耳を傾け、しっかと受けとめ理解する。

 一方、大半の生徒は、習った知識、応用への手がかりを使いこなすことができないので、また理解も表面的に留まっているから、問題の意味にすら入り込めず、その周りを時間をかけてうろうろするばかり。やがて先生の説明を聞き、つまり、わからないところを自らの力でなんとか考ようとする癖と習慣がほとんど育っていないため、もしくはまったく放棄しているため、「他人の知恵をもらってから考える」ことを、さも当然の感覚とした態度でいる。

 そして、その応用問題への自己の取り組み方に、なんら違和感も焦燥感も抱いてはいない。解法や説明、ポイントなどを詳しく述べられるのを聞いて、ああ、なあるほど、とわかった顔でいる。これでは、いつまで経っても、応用問題は絶望的にできないし、類題どころか同問題ですら、わずか2日後にはできない破目になる。あまりに見事、解けずにあたふたするのである。

 知識と知恵は、もちろん違います。一般に、知識なるものはとてつもなく多いけれど、知恵はそんなに多いものではない。また、そうそうたくさん、ひとりの人間で身につけられるものではなかろう。知識と知恵という概念を、数学の場面に押し込めるのも些か不都合なことも出てくるのですが、まあ、それはさておいて、他の科目と較べて格段に少ない知識ですむ数学に措いても、やはり応用問題を解くための知恵なるものは、数は少ないが存在する。

 しかし、それは多くの場合、他人の知恵をもらうという姿勢では到底もらえる代物ではなく、自らの力と努力で獲得する以外に手はない! この当たり前の事実が、どうもわかっていない。どれくらいわかっていないかといえば、いまの公立中学生の95%以上は、わかっておらんぞ、といえば言い過ぎであろうか。わたしの皮膚感覚をとおして伝わってくる認識は、そういうものです。

 その意味で、上で述べた、
「数学でほんとうに力のある生徒は、・・・、先生の解法の説明となかんずくそのポイント、急所なるものに耳を傾け、しっかと受け止め理解する」
 の段階で止まっているようでは、厳しい言い方ですが、まだどうも学習のしかたと自分自身の能力を勘違いをしている、といわねばなりません。

 つまり、「自分の力で解けない問題は、解けない」のです。解ける力のある生徒は、すでに解いているのです(その割合は、あまりに少ないですが)。解く力がないから解けなかったわけで、人の説明を聞いてわかったとしても、それがすなわち、自分の解く力になったわけではないでしょう。この認識が、かなり数学の優秀な生徒(中3時点で内申が9や10の生徒を指しています)においても、あまりないのは残念なことです。(直接指導している場合、もちろん口酸っぱく言いますが。)

 すこし大袈裟な喩えになりますが、このこととその後の学習の進め方にいつも非常に歯痒いおもいをしていますので、繰りかえし述べてみます。

 それは、「真剣勝負の試合」ですね。勝つか、負けるか、です。自分と相手(この場合、応用問題、偏差値68前後の問題とします)の勝負。15分1本勝負です。ふだんの定期テストが、竹刀を使った練習試合とするなら、実力テストは、竹刀が木刀に変わった試合みたいなものといえるでしょうか。木刀は痛いではすみませんね。さて、入試の応用問題、これは本物の刀、真剣での試合でしょう。こころしてかからねばなりません。

 問題が解けなかったということ、それは完全なる負けですね。明らかに、力が及ばないのです。相手の力が上ということは、相手の力を超える力を身につけなければ勝てない道理でしょう?! そのためにはどうするか、その心構えと実践がどうあるべきかが問われているのに、そこから先の学習のツメがどうにも頼りなく、甘い。

 問題が自分の力で解けない。そこで、その解き方(勝ち方)を人から言葉で教わりました。またそれを理解しました。もう一度、挑戦したとして、さてその相手に勝てるでしょうか? 勝てるはずがありませんね。なんらまだ自分で、大事なものを会得していないわけで、ましてや、相手の力を乗り越える力を身につけてはいないんですから。 

 宮城谷昌光の著作の中で、『孟子』の言葉を引用した部分があります。
「なにごとも、やりとげなくてはだめ。たとえば、井戸を掘るにしても、水がでてくるまで掘らなくては、いくら深く掘っても、結局、井戸を捨てたことになってしまう」

 直截簡明にして、とても含蓄ある文。
 言いたき一点は、ここに集約されています。かなり上位の生徒でも、この井戸を掘る作業が、中途半端な状態にあります。勉強はする、一応数多く問題を解く、入試問題にあたり研究はする。しかし、その多くは、実際、本番の入試ではその応用問題、難問題になると、個人の努力、塾の成果もたいして反映されず、解けていないのがほとんどの実情でしょう。

 ですから、解けなくてわからなかった問題は、自分の力でもっと深く、もっと深く、掘り下げること、水が出るまで、掘り下げなくてはなりません! ここにこそ、ほんとうの勉強の姿、実力獲得の手段があるのでしょう。そこまで追求して得たものは、すでにたんなる解法の知識やノウハウに止まることなく、ひとつの知恵になっているはずで、他の問題にも必ず活かせるのです。

 先生の解説を聞いてわかった段階は、まだその井戸の、水が出る部分までの三分の一にも到達していない。あとの三分の一は帰って自分の机に向かって、自分の頭で考え直すこと、ノートに問題を写し、自分の頭で解くという復習です。恐ろしくわかっていないことがわかるでしょう。それを埋めること。

 さて、それでも三分のニの深さにしか到達していませんね。上で井戸を掘る作業が、中途半端な状態にあります、と書きました。まさにこの位置、状態です。厳しくていねいに指導すれば、ふつうの力の生徒も、表面的にはここまではなんとか来れます。また残念ながら、数学の成績上位の生徒でも、多少の掘り下げはあるにしてもここまでの状態が多いです。これでは、同じ相手(同じ問題)にすら、時間が経つと負けてしまう。相手を凌駕する力を獲得していませんね。

 残りの三分の一、それは、とことん考えること。繰り返すこと。紙に書いてどこかに貼ったり、絶えず目に触れるようにして、何度も解くこと。他、創意工夫。そうすると、問題全体が見えてくる。はっきりどこがポイントかもわかってくる。やがて、解法の道筋がくっきり鮮やかに、しかも瞬間に脳裏に浮かぶ。水が出た、ということです。

 この作業のなかで得られることは、解法の道筋どころか、問題そのものも覚えきってしまうので、同類問題は見ただけで、ああ、あれか、あれを使うんだなと、考える作業がすばやく、また一直線に問題に切り込むことができる。これは非常に大切なことです。数学は他の科目以上に時間との勝負ですから、だらだら漫然と(9割以上の生徒がこれに当て嵌まるね)解く暇はないんです。

 また、解法の道筋とその急所に至る過程のなかで、注意を払わねばならないこと、どうしても必要な力、計算、問題文の条件の読み取り方、行き詰まったときの問題文読み直しなどなど、問題解法そのものだけではなく、周りに在るテクニックにも目を光らせるという、そういった知恵を与えてくれる。

 これらの力を獲得するためには、ある程度の数の応用問題にあたるのが、基本。しかし、たくさん解いた、そして深く掘ったつもりでも、結局、井戸を捨てたことになってしまう学習の進め方だけは、決してしてはいけません。 水が出る部分まで掘り下げる学習を続けると、それはひとつの、確たる大きな知恵と自信となるので、ぜひその修練を積んでもらいたい、とせつに希っています。

 今回の内容は、主に中3生を対象とするものになりました。最後にもう一度書きますが、「自分の力で解けない問題は、解けない」という認識と姿勢で、数学に接することは、中3生だけにかぎらず中1・2生にとっても同様大切なので、できるだけよく反芻していただきたいと思います。