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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§498 「能ない鳶は 能ある鷹をうめるか」という本について 
 <真実役立つ情報とは・・・>

 大阪のとある、ふつうの公立中学から(公立中学でも微妙に学力ランクがあるようで、それでいえば、まあ、あまりできのよいとはいえない中学校))、塾に通うことなくまったくの自学自習の形で、しかも中3になってから猛勉強を開始、内申点の悪さをみごと撥ねかえして公立トップ高の理数科(現在は文理学科に名称変更)に合格した生徒、の話を今回書かせていただきます。

 しかし、これだけのことなら、いまや、そうした公立のなかでも超難関の高校受験生の大半が中1の時点から大手進学塾に通って、そこで大いに勉強に励み、努力もし磨かれもして合格を勝ちとる現実の姿から観れば、これはケース的にめずらしい部類に入るものの、よくやったねとか、ちょっとその勉強法を参考に知りたいねとか、なかには、それだからどうしたんだ、別に強いて関心はないねとか、その程度の印象と興味しか持たれなくとも、ある面しかたがないことかもしれません。

 問題は、「それから」であります。ふだん、わたしはこの高校に入ってからの勉強のしかたや進め方について、言及も助言もまずしておりません。これまでのコラムのなかで、ほんのすこしだけ触れていることがありましたが、それはほんのお愛嬌程度で、たいしたことも書いていません。

 何故なのかといえば、身のほどを弁えているからにほかなりません。自分の範疇を超えるものを書けば、それはすぐに馬脚をあらわすというものです。わたしの専門とするテリトリーはあくまで中学までで、その矩を超えたものは、つまり、高校での学習と大学受験を目指したものはあくまで個人的な経験から基づいた知識や情報は書けても、一般化したり、多角的に鋭く分析したり、これはある生徒にとってはきっと役立つであろうなんて教訓は、まず書けないと自覚しております。

 ところが、この生徒の場合、高校での「それから」が、ものの見事にありました。その後、現役で京大理学部に合格したわけですが、おそらく、その一意専心の勉強に向かう姿と、大学合格までの実践の過程をもし読まれるとすると、賛否両論の意いや毀誉褒貶も当然あるでしょう。

 しかし、
「高校時代はあらゆる教科に対して、積極的に取り、組み手を抜かず、クラブ
活動もし、友人を沢山作り、高校生活を目一杯エンジョイしながら、志望の大
学にも合格し...云々という理想論」を書いても、そんな一般論など誰も読み
たくはないでしょう。」
 と、いみじくもこの生徒の父で、今回、わたしがご紹介したい本「「能ない
鳶は 能ある鷹をうめるか〜十九歳二ヶ月で逝った、今は亡き息子に捧ぐ〜」
の筆者が、メールで書かれていましたが、わたしもつよく同感するところです。

 なぜなら、理想的な一般論なんて、所詮頭の右から左に素通りするだけで、多くの場合なんの役にも立たものではないのですから。

 そしてまた、次のようにも書かれていました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
 私としては、自分の書いた本がどうのこうのというより、「19年2ヶ月の間
でしたが、必死に生きていた息子」のことを、懐かしく思い出してくれる人が
年々減って行くことに、「息子がこの世に生きた証すら忘れられてしまう哀し
さ」をずっと感じておりました。そのささやかな抵抗として、この本を多くの
人に読んで貰うことで、息子の人生に僅かながらも光を灯してやりたかったの
かも知れません。

 息子が選択したやり方というのは、現実的に考えると「結局こうする以外に
はないのでは?」という「必要最低限の勉強法」みたいなものだったかも知れ
ません。限られた時間の中で最大の効果を引き出すための「最短ルート」のよ
うなものでしょうか? 溌剌とした高校生らしくなかった点は、本人も私も重
々分かっておりますが、そういう生き方しかできなかったので仕方ありません。

 万人に支持される内容の本など専門家でも無理でしょうから、まして素人が
書ける訳がありません。独断と偏見に満ちた方法論であっても、そこから何ら
かのヒントが得られさえすれば、それで充分ではないかと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 吁嗟・・・、言葉に詰まります。すべてわかって、書いておられる。この筆者の心情の、たとえ何分の一かでもわかれば、また、もしわかって読んでいただければ、たいへんありがたいことだとわたしは思っております。

 もしご興味のある方がいらっしゃいましたら、わたしのHP上に、この本「能ない鳶は 能ある鷹をうめるか」に関しての、より詳しい説明(INDEX、まえがき、目次、高校での勉強方法)を載せていますので、そちらにまた目を通していただければさいわいです。 説明ページへ 


 あと一点、筆者様のご了解のもとに、はじめにいただいたメールをそのままここに載せさせてもらいます。中3受験生にとっても、知っておいてほしいことが書かれいますから。

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 E-juku1st.Com様へ

 大阪市内在住の○○と申します。はじめてメールさせて頂きます。
 E-juku1st.Com様のサイトを偶然見つけ、内容の濃さに感激致しました。

175 公立トップ高を志望するなら VOL.1<内申:学力検査=3:7> 
176 公立トップ高を志望するなら VOL.2<実力には3つの力が>
 <数学について思うこと>
47 文理学科の数学の問題を解いてみて思うこと<数学が決め手>
48 文理学科の数学の問題を解いてみて思うことVOL.2 
     <これまでの壁をぶち破ったひとつの画期的・改革的なテスト>
49 文理学科の数学の問題を解いてみて思うことVOL.3<屋上での勉強>

 以上5つの記事を読ませて頂きました。

 大変内容の濃い、優れた分析がなされていて、大変素晴らしい記事だったの
で感動致しました。

 息子が大手前理数科を受験した2003年度は、内申190:学力検査180でしたか
ら、「内申:学力検査=3:7」の時代になり、やっと実力重視の方針に転換し
て嬉しく思います。個人的には、北野、天王寺、大手前、三国丘の4校文理学
科(のちに茨木も加える)だけは、「内申:学力検査=2:8」位にしてもいい
のではないかと思います。

 息子は内申点が低かったので、学力検査の数学で満点でも取らない限り不合
格になることを覚悟していました。2003年度の入試から「内申:学力検査=3:7」
だったら、もっと苦労することなく合格していたと思います。

 実際、理数科と雖も、真ん中から下の生徒のレベルはそれ程高くありません
でした。内申点が高かったから、学力検査点が低くてもギリギリ滑り込めた生
徒が多かったように思います。理数科なのに数学がそれ程できない生徒が多い
のには息子も驚いていました。数学より英語の実力が高い生徒が多かったよう
です。

 息子(1987.12.2〜2007.2.14)は結局、2003年度の大手前高校理数科に合格
しましたが、内申点は190点中158点(副教科が6,7,6,8と酷かった)と多分合
格者中最低だった筈。 (toppo注:内申点は大阪府の場合、10段階の相対評価)

 そして肝心の学力検査点は国語35/50点、英語42/50点、数学69/80点の146/180
点で、多分上位10位内だったと思います。合格後優秀な級友らに聞いたところ、
数学で70点以上取った生徒はいなかったようです。


 入試後も「わからない問題は一問もなかった!35分で一通り解いて、残り15
分を見直しに使えた!」と興奮していましたが、ケアレスミスなどが3つ近く
あって満点には11点足りませんでした。

 英語や国語は苦手ながら、数学だけは自信を持っていた息子らしいなと思い
ました。(時間にルーズな性格故に)塾や予備校には一度も通ったことがなく、
Z会の添削を中学3年から4年間独学でやっていました。中学2年時に算盤三段、
暗算六段を取り、高校3年時にはZ会数学は七段まで(11月時点で)行きました。

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<注>英語や国語は苦手ながら、とお書きですが、これはあくまでご謙遜で、
また数学の絶対的な能力の高さ(わたしから視れば、通常数学ができる生徒の
さらに頭ふたつくらい抜きんでいる学力といえるでしょうか)と較べて、書い
ておられるにすぎません。by Toppo
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 その後現役で京大理学部に合格しましたが、高校3年秋から患っていた(強
迫神経症)病気の所為で、大学1年の2月に亡くなってしまいました。

 京大二次得点:457点/650点、数学は問題が易化した年度だったのでセンタ
ーも二次も満点でした。順位は多分前期定員280人中45番前後だったと思いま
す。京大模試は駿台、河合塾それぞれ2回ずつ受けて全てA判定でした。

 それだけ数学では優れた潜在能力を持っていましたが、大学の(哲学のよう
な)数学に幻滅し、大学での勉強や研究には高校時代頑張った程には意欲的に
なれなかった訳です。要するに、高校までで数学ができることと、大学以降で
数学が伸びることとは全く違うってことです。中学と高校の違いの何倍も何十
倍も、高校と大学での教育は違うってことがわからないと、必死に勉強してき
たことが水泡に帰すことになり兼ねません。

 中学高校で成績がいいこと自体は素晴らしいし、誇らしいことですが、高校
より大学で、大学より大学院で、大学院より社会というステージで、結果を出
すこと、そういう潜在能力を磨いていく必要があるのではないかと思っていま
す。そういう意味に於いて、無念ではありますが、息子は挫折した敗者だった
のかも知れません。
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