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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§62 社会の「歴史」について思うこと
<暗記力とは>

 今回、私のホームページの掲示板で書き込みがありました一つの質問について、書いてみたいと思います。
 それは中学生の「社会」に関することで、以下の文面です。
“社会の先生に「年号を覚えても意味がない!!」といわれました。本当に覚えなくていいのでしょうか。教えてください。”

 私はこれを読んで、唖然としました。そして、頭にきました。こんな馬鹿な先生も多いんでしょうね、公立中学には。何もこれ一つをとってそんなことをいってるのではないのですが、その勉強の教える質の低さや生徒指導力の欠如、いじめ等の問題解決能力、対処の仕方の甘さ、はたまた高校入試指導の情報不足による出鱈目な指導といい加減さ、それ以上に生徒に対する学力把握の低さ、などなど、挙げれば切りがないので、また本旨から外れるのでやめますが、もう口先だけで満足に教えもせずにいい加減にしろよな、その程度の低さと認識力は自分だけのものにしとけ!と言いたくもなります。(おいおい、あまりカッカするのではねえ、冷静に冷静に! 人を馬鹿呼ばわりする者がもっと莫迦ですよ、と思いつつも、気持ちはおさまらないよ)

 私の近くの中学校でも、中2の歴史で、年号なんて別に覚える必要はない、難しい人名や言葉は漢字で無理して覚えることはない、と随分頓馬な、のんびりした、そして無責任な指導している社会の先生がこれまたいるわけですが、一体何を考えているのだろうか?!と、言いたい。 取った定期テストの点数だけを見て、例えば82点、91点、うん、よく出来ている、歴史をがんばってるじゃないか、という認識と感想を持つなら、何で中3に入り、実力テストともなると、62点なんだ? これはまだ随分ましなほうで、70点前後の生徒なら45点も取れるか取れないかでしょう。

 そんな無残なしわ寄せをみんな塾に持ち込んでくれるものですから、こちらはもう堪らない。私は専門の数・英以外に、中3生は特別社会も指導してるので、生徒の社会に対する実力を痛いほど、またうんざりさせられるほどその実態を見せつけられ、悉知しているわけですが、ほんとに何も知らない、残っていない、ですね。

「元禄文化を代表する3人を言ってみなさい」の基本的な問いに、松尾芭蕉と答えればいいほうで、すらすら近松門左衛門、井原西鶴と、3人挙げられる生徒は10人に2人もいない。ましてや書いてみなさい、といえば、その漢字は正確に書けない。入試間際まで、何度、いはらさいつる(井原西鶴)といわなければならないか、そうしないと「西確」と平気で書く生徒がいるものだから。

 別にほんの少し突っ込んで、3人のその代表作品を質問してるわけではないのですが、これくらいのことですらすっかり抜け落ちているのがその実態です。「じゃあ、江戸後半の文化名はなんていうんだ?」に対し、ある生徒は「・・・」 別の生徒は「東山文化」と、小さな声。 いい加減にしてくれよ・・・今は、その中身を訊いているんじゃくて、与謝蕪村、小林一茶、安藤広重、葛飾北斎、十返舎一九、滝沢馬琴、喜多川歌麿、など、代表人物とその作品名を本格的に質問してるわけじゃなく、単にその彼らの活躍した時代の文化名(化政文化)を、ほんのちょっと、質問してるだけなんだけどもなあ。

 ほんとに、習ったんでしょうねえ、1年間かけて、歴史を勉強したんでしょう?!・・・ どこに消えたの? そのときだけで、あとはどうなってるの? 歴史を初めて習うような顔して勉強するのは、やめてくんないかな。「地理」のなるとさらにひどいのは、もう気が変になりますよ。そりゃあ、時が経つと忘れるのはよくわかるんだけど、ものには限度ってものがあるでしょう?!

 ふつうに考えて、3割抜けるのはわかるんだけど、そしてその3割をフォローして、基本の学習のやり直しをし、且つ応用プラスαを教えていくんならわかるんだけど、習ったことの7割以上も抜けるのは、どうも解せないよ。しかし、3分の2以上の生徒はこれに当て嵌まるから、まったく知らないものとして、一からやり直しだね。

 しかしね、生徒もものすごく頼んないけども、教えるほうの責任もあるんじゃあない? せめて、教えたことの半分は覚えているような、教え方が! そして反復練習をするとか、もうちいっと、忘れてしまう生徒の現実を観たら、と思うね。

 ところで今回前置きが長くなったけど、ぼちぼち本題。日本の元禄文化が流行った時期、ヨーロッパでは何があったか、次の中で最も近い出来事を選びなさい。
 ア.宗教改革 イ.名誉革命 ウ.フランス革命 エ.産業革命 オ.ルネサンス

 答えは、イの名誉革命、です。

 入試問題にはいろんなタイプと問題の質がありますが、上記の問題もその中の一つ、単純明快、シャープな問題です。よく言われてることに、歴史は単に暗記するのではなく、その背景と流れをつかんで理解することが大切です、と。確かにその通りなんだけど、では、生徒の立場に立って、上の問題の正解をどう出せばいいんだろうか? 中世ヨーロッパの動きと日本の封建時代の動きの関連性、あるいは対照なんて、頭に整理整頓できてる生徒にお目にかかったことはないよ。

 結論から言うと、この種の問題は年代暗記(or 一部世紀)でしょう! 
 ア.宗教改革、1157<いいごな>年、ルター、ドイツで布教(聖書に帰れ)
 イ.名誉革命、1688<いろやや>年、イギリスで、翌年、権利の章典(オラ
 ンダから国王迎える) 
 ウ.フランス革命、1789<いなやく>年、国民議会、バスチーユ牢獄、ルソ
 ーの「社会契約論」の影響受ける 人権宣言
 エ.産業革命、イギリスで18世紀後半、綿工業からスタート
 オ.ルネサンス、14世紀初頭、北イタリアで、ダンテの「神曲」から始まる

 元禄文化、5代将軍徳川綱吉(1680年代より)の頃、上方中心の活気のある
 町人文化 生類憐みの令、湯島聖堂、朱子学

 よって、元禄文化の1680年代〜と、名誉革命の1688年が合致、で正解。
 これはほんのごく一例なわけですが、社会の先生の「年号を覚えても意味がない!!」に対する一つの答えですね。そして、それ以上にね、年号を覚えることは、暗記に対する強力な武器になるってこと。

 ものを覚えるには、まずよくそのものを理解をしなければならない、単なる丸暗記はその場限りで、あと直ぐ忘れるから役には立たないって、100人おれば99人の人が言うかも知れないけど、確かにそうなんだけど、じゃあ、理解したから、よくよく考えて深く理解したから、覚えていられるのか?といえば、ちょっと想い出せば、そうでもないでしょう。それはある意味、きれいごとで、糞の役にも立たないことも結構あるんだね。

 数学でもわからない問題を教えてもらって、よくわかった、といっても、わかることと、実際今度は自分で出来ることはまた別なように(このレベルがあまりにも多いね)、理解したから覚えられるものでもない。理解したら、それを暗記することを考えることも、とても大事なことだと思う。その場合、暗記って、勉強の中で割合軽く見られてるようだけど、どうしてどうして「暗記力」というのは一つの立派な能力ですよ。(問題はそれをどう生かすかですが、ここでは外れるのでやめておきます)

 私も遥か昔、中学時代というものがありまして、理解は鈍いのですが、暗記には多少人よりはましなものがあって、一度覚えると、まあ習ったことの90%は覚えていたように思います。しかしその、10%を忘れることに、自分でもひどく情けない、あほな頭だと、しょげていたのを想いだします。そしてそれ以上に、数学は出来ましたが、理科・社会の暗記科目(?)にとても強いのが、何やら後ろめたく、それは単に暗記力でしょう、本当の頭がいいのではないね、という観念に縛られていたようにも思います。

 ところが生徒を教えてつくづく感じるのですが、こんなに暗記が難しいのか、覚えておくことが困難なのか、また、一度ミスをしたことは二度目はしない、二度目をもししたら三度目は絶対しないということが実行できないのか、ということに、ほとほと気付かされましたね。1週間しか持たないような、また定期テストの範囲しか覚えていないような暗記は、ほんとうの暗記ではないでしょう。
 
 よくあるアドバイスですが、歴史の流れや背景をつかむように理解しろ、また勉強しろですって? じゃあ、その通りして、年代を覚えても意味がないから覚えず、中3になって、室町時代の政治の流れをいってみろ、文化の流れをその二つの文化名を押さえ、その特徴と人物、作品名を具体的に言いながら説明しなさい、と言われれば、果たしてどれほどの生徒が出来ますか? 公立の中学生なら、50人に1人だと思うけども。

 そんなのは先生の薄い説明と授業、教科書とプリントだけの、浅いその場限りの知識では到底無理な話で、もっといろいろな関係書や専門的な本、参考資料、新聞、テレビなど、あらゆる情報を自分でインプットして蓄積してから、そして多少の表現力(奈何せん、これがないのも問題ですね)があってできることですよ。それ以前に、室町時代って、鎌倉の後かな前かな?というのが、現実に近いでしょう。

 ですから現実に即して言うのですが、年号は出来る限り覚えたほうがいい。一面的な暗記は非常に脆いからです。いろいろな角度から暗記したほうが、知識がより強固になる。骨と肉でいえば、明らかに骨の一つであり、骨がないのに肉はつけられません。その骨の部分だけでも自分でしっかりつけて中3に臨んでもらいたいと思うのですが、上記のほんの1例でもわかるように、まあ殆どすべての生徒がその骨がぼろぼろなので、とても肉付けなど出来る筈はなく、一からやり直しというのが毎年の例です。

 高校に入り日本史・世界史を取ろうものなら、年号暗記は最低条件で、それは猛烈な多さで中学の比ではありません。中学である程度自分で訓練しておかないと、とても対応できないでしょう。その意味でも、努めて年号を覚えていく習慣が欲しい、と思います。

 長くなりましたので次回、「年号の覚え方と暗記の術」について、少し書いてみようかなと考えております。