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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§264 高1での学習の進め方、心構えなどについて
<自分に正直な勉強のしかたがいい>

 今回はちょっと領域外になりますが、中学から離れ、高1での学習の進め方、心構えなどについて、ほんのすこしだけわかっていることを書いてみたいと思います。まあしかし、「君子危うきに近寄らず」で、できるだけ近寄りたくない、避けたい、傍観しておきたいテーマなんですが、でも考えれば君子でもなんでもないんで、ええいっ、ままよっ(それにしても、古臭い掛け声ですね)の気合で・・・。

 想定して書くのは、公立トップ校の新1年生としておきます。といっても、いまの公立進学校は仄聞するに、わたしらの通っていた時代と較べ、学校側の理念も指導の方針も、また具体的な授業の様相や教え方もかなり違ってきた感がしていますので、微妙な間隙や食い違いがあることはご了承願います。

 高校時代を振り返るに、この先生の授業はすばらしかったとか、その教え方のうまさ、わかりやすさには感激したとか、そういった感慨や恵まれた経験は残念ながらなかったですね。その反対に、世界史なんかは、授業のはじめから終わりまで生徒に背中向け、これが教える内容だとばかりにびっちり黒板にへばりついて、教科書を精読すればわかることをただただ書き連ねている、こちらはただその内容を書き写すだけ、ノートも毎回2,3ページは書く破目になるといった、その繰り返し、メリハリもなく、生徒に興味を惹かせるドラスティックな裏話もトークもなーんもなく、ただただ無味乾燥な授業を連続して展開する教師がいたりして、それまで歴史にはかなり興味があったのを青菜に塩をかけられた体で、一時的にもげんなりさせられたことがありました。

 いまならこんな教師は馘首せい、と思えるのですが、その当時はこんなものかと冷めて思ったくらいで、げんなりさせられても別段教師によって科目の好き嫌いを決めるような、そんな甘ったれた根性は持ち合わせていないので、ただただ自分の課題のもと、しこしこ勉強したように記憶しています。他の科目も、格別すばらしい教師なんて印象にも残っていないわけで、公立進学校といっても教師の質が高いとはいい切れず、それゆえいまのように学校側の指導や教師の努力によって生徒の学力アップがていねいに図られるといったことはまったく思いも及ばないことで、あくまで生徒側の質と努力で成り立っていたように、また時代がそのようなものであったように思っているわけです。

 社会にしても日本史、世界史、地理、倫理の4つ、理科も生物、地学、物理、化学のこれまた4つをきっちり履修し、選択科目なんて制度も発想もなかった時代で、まあ数・英・国も併せ科目としてあるはものすべてを教わり、そして勉強をしなければならなかったわけです。高3になってやっと文系と理系に枝れるといった按配で、わたしは文系に行きましたから、習っていないのは数掘Cぐらいのものでした。その意味で、いまの公立・私立高校生の履修科目の構成と軽さは、羨ましくも感じます。

 志望にあう選択教科を重点的に履修できたり、得意科目を効果的に向上させる授業体系を組んだり、たとえば1年から3年のセンター試験が終わるまで朝補習をしてくれたり、3年になると授業後の補習、夏休み、冬休みにも補習をやってくれたり、そんなありがたいものは我々の時代にはいっさいなかった。進路指導や相談もまあ普通にはなかったと記憶しているが、これこそが放任主義というのか、よくいえば自主自立で、生徒はそれぞれ目指す大学に向けて、学校に頼ることなく、また頼りにできるものでもなく、自分の受験勉強を行った。

 それでも我々の当時は、200メートルぐらいしか離れていないところに私学の関西学院大学があって、毎年110人前後が合格していた。学年は7クラス340人ほどで、学力中位の生徒がほとんどである。上位100名ほどは国公立となる。一地方の公立進学校にすぎないが、そんな高校も無能な入試制度の改悪でみるも無残、凋落の憂き目に遭ってしまったのは、一抹の淡愁の想いをあるものの、矜持の色すら抱けないのはさみしいかぎりである。

 こんなことを書いても、いまの高校生にはなんら痛痒も感じないことはわかっているが、いまの高校の学習が厳しいのはでなくて、昔も厳しかったということ、2倍とはいわないが1.5倍くらいは厳しい環境のもとで、ほんとうに自立した学習を真剣に行っていたということを知っておくことも、生徒のなかのある者には、勉強を進めていく気持と心がけにおいて、ひとつの引き締めと発奮になるんではないか・・・、と想うから書いた次第。

 大体が高校生にもなると、耳を塞いで親の意見も考えも素直に聞かなくなるのがふつうであろうから、そしてわたし自身もそうだったが、自分の高校時代の勉強のしかたや苦しさの体験を話すのはなにやらこそばしく、忘れたふりしてすましておきたいと思えるもので、語ることも避けると想うのだが、まあ、その代わりとして、ほんのすこし述べているにすぎないけれど。

 さて、ついでにもう少し、愧ずかしながらわが高校での勉強の風景を述べてみる。

 ちとオーバーな表現だけど高1は、自分を見失い、自分を取り戻すことに懸命になった1年間であった、といえようか。英・数・国・理・社すべての科目が得意であった、いや、得意であると思っていたわたしの鼻柱は、1学期の後半ではや、見事に折られてしまった。中学で築いてきた自分の勉強法が、高校では通じない。自分では一生懸命やっているつもりなのに、テストでは結果が出ない。中学では90何点が当たり前なのに、70点すこしや60点台も取るようになる。なかには、ゲッ?と思うような50点を切る科目も出てきた。おぞましい、かぎりだ。

 おいおい、どうしたんだ、お前は、と思いましたね。これがお前の力か、と落ち込みました。いまでも憶えているけれど、340人中186番(だったと想う)の成績を取ったときには、なんだ、並みの成績ではないか、これではその他多数のなかに埋もれてしまうだけではないか、と自分にあきれ、苛立ち、がっくりしました。なにせあほなことに、気位だけは高かったからですから。実力テストの成績上位50番以内の生徒の氏名が用紙に第1位から書かれ、廊下に貼り出されていた時代です。その者たちだけが一種のステータスを与えられ、周りからも認められていました。お前はただの、認める側のひとりにすぎない・・・。

 そのままずるずると後退するか、澱んで停滞するか、それとも向上していくか、それは気持の有り様と行動なのであろう。気持は絶えず変化するもので、みょうにやる気が充満して昂ぶるときもあれば、どんなにしても萎えていう事を聞かずへばってしまうときもあり、まったく当てにはできないものだ。ただ「気持の有り様」となると、それは、志、といいかえれば過剰表現になるけれ
ど、肚に据えることはできるもので、臥薪嘗胆を常とすればよい。あとはそれを支え、またそれに支えられる「行動」である。

 行動、つまり勉強は、それまでにだって自分なりにしているんですね。けれどもそれは、あくまで自分なりにであって、拙いところがまだまだたくさんあるんですね。ではそれをどのように修正し、あるいは改善していったか。その詳細を具体的に書く気なんて、毛頭ない。忘れている。そんなことは自分で考えろ、といいたい。また学習法なんてものも、しょせん借り物で、どんなにすばらしく思えても、それが実際自分の身丈に合わなければ、真似ても真似の範囲内に終わるもので、効果を期待する前にたいていは潰えるものであろう。

 結局ね、これが一番大切なんではないかと思うのだけど、変に背伸びせず、自分に正直な勉強のしかたがいいのでないかな――。

 勉強するこちらの頭は、中学に較べてガクンと見違えるほどよくなっていない。いや、なんら変わってはいません。ところが高校になると、学習の中身の質も量も、そして習うスピードも、中学に較べて格段に高く、多く、速くなるわけでしょう。それらにうまく対応するとなると、どうしても頭をよくしなければならない。頭をよくすると理解も速く、授業で吸収することも増え、暗記すべきこともスムーズ。が、そんなことは無理だ、ふつう。でもね、どういうわけか、授業の展開やスピード、先生や周りの生徒の影響なんかで呑み込まれ、錯覚するんだね。だからほんとうにはまだじゅうぶんにはわかっていないのに、頭がよくなったかのような勉強をして、つまり、自分に正直な勉強のしかたをしないまま、理解を深める努力も演習も軽いまま押さえるべき知識の上滑りを進め、定期のテストでも平均点なんかでうろうろすることになる。実力なんて、これではつくはずがなかろうと思うのだが。

 まずは、がむしゃらにするしかないのである。時間をもっとかけなければ、確実にできるものは多くはならないであろう。時間をさらに取り、がむしゃらにやっているうちに、自分のダメな部分、拙くまだ足りない箇所に気づくものである。ダメなところは切り取り、足りないところは時間がかかっても埋めていく。この試行錯誤の作業を通して、より高いレベルでの自分なりの勉強のしかたの要領を、徐々に掴んでいくものである。そして、どれだけ勉強すれば自分と折れ合うことができるかがわかってくるのである。

 いったいどれだけ勉強すれば自分と折れ合うことができるか、自分の頭に正直な勉強のしかたができるか、ここを真剣に考えろ、そして行動せよ、である。目先のやらねばならぬ煩雑さに気を取られすぎて、流されてはいけない。雰囲気に呑み込まれて、同調して学習してはいけない。定期テストにいい点数を取るためにだけ要領よく勉強してはいけない。もっと深いところで、多少要領が悪かろうと時間を費やそうと、自分の力に見合う、そして自分の力になる勉強に目を凝らし、励め――。これが今回の、ただひとついえる助言である。

 実力テストの成績上位50番以内(上位15%)の表の掲示に、わたしの名が載ったのは高2の初めからである。以後一度も圏外に出ることはなかったが、30番台、20番台、せいぜいよくて10番台と、一度もベストテンに食い込めなかったのは、わたしの能力の限界である。いまでもそうだろうが公立トップ校の学年10位以内というのは、やはり相当高い壁があるといえる。もっとも、いともあっけなくその壁を突破した経験はあるが、それは書いても詮なしということでやめておきます。

 困ったことにこのようなことを書くと、さもその後は順調そうに見えてしまうのだけど、そして勉強ばかりしていたような印象を与えてしまいかねないのだけど、事実はそうではありません。もっといろいろなことをし、失敗し、紆余曲折があり、一本の単純なレール上を走ったわけではありません。ぼやかしますが、念のため。

 井の中の蛙の話なれど、そして我々の当時といまはその学習環境も、3ヵ年の勉学の仕組みも、公立高校でも上述したように大きく変わった点がさまざまにありますが、それでも勉強していく気持の有り様と行動には、なんら変わることなく通底するところがあると思い、今回領域を超えて書かせていただきました。励みになるところがすこしでもあれば、ありがたい。