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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§143 公立トップ校を目指すについてVOL.1
<3科目は最低要る>

 公立トップ校を目指すについて、今回述べてみたいと思います。

 この話題に触れようと思った動機は、当E-juku1st.Com の問題集を使って勉強している生徒のなかに、または英語のメルマガを利用して学習している生徒のなかにも、さらにホームページをご覧になってさまざまな問い合わせ、ご意見を寄せられてくる方々に、県内の(または学区の)公立トップ校に合格した、またこれから受験したいという生徒とご父母の数が思いのほか多く、そこに焦点をあててお話しすることも、何らかの参考になる点があるやに知れずと思ったからです。

 さて、そうはいっても、具体的にこうすれば公立トップ校に行けるという明確な方法や道は、在るようにみえてほんとうには確実にないわけで、それぞれの持てる能力、いまの学習内容の進捗状況、努力の具合、また塾に通っている、自分で勉強している、と環境も条件もさまざま違うであろうし、さらに公立入試に措いては大きな比重を占める内申点の存在もあり、一概に論じることはできません。

 ただそこに繋がるであろうおよその道は、思うほど多くはないわけで、またすべてを知り尽くしているとも思っておりませんが、経験上その中の太い道、それも基本部分を述べてみます。

 ご存知のように公立入試の場合、主要5科目ができればよい、というものではない。実技4教科がひどいと、それだけで内申点は、目に見えて低下する。まあそこそこは要ることになる。都道府県によって仕組みもその比率もさまざまだけど、たとえばここ大阪でもその持ち点は、1科目10点に対し、主要5科目は×4倍、実技4科目は×6倍であり(それ以上のところもありますね)、入試本番では実技4教科がないぶん、内申の配点は高いのだといっても、何か釈然としない違和感が、私立入試と違い残りますね。 

 つまり単純に言うと、数学の内申10が×4=40点と、たとえば音楽の7が×6=42点でほぼ同じ持ち点ということになり、逆に数学が7なら28点に対し、音楽が10なら60点で、32点の差が生まれてしまうわけで、この差がもし生じるとすごく大きく、主要5科目に努力し苦労し時間をかけても、実技の科目の評価が低い場合、内申の総合点に大きく影響を及ぼしてしまうのだから、それだけで公立トップ校に行ける基準に達しないという結果になりかねない。よって、よくよく注意して、また得手不得手は当然あるのが自然なことなのだけど、そこはできるだけ心込め努めて、自分なりの力を精一杯発揮することを心掛けるのが肝要かなと思います。

 さて話を主要5科目に戻すとして、1科目を内申10(内申5のところも多数ありますが)に持っていくことは、実際大変なことですね。そして、この内申点というものは、必ずしも実力=内申評価とはならないケースも中にあるんですね。実力以上に評価がいい場合、実力より下に評価されてしまう場合、いままで数々の矛盾と不整合な事象を視てきました。それはしかたがないところがあ
るとはいえ、曖昧で客観的には捉えられない部分を残しているということを、予めしっかり識っておくことも必要なことだと思います。ましてや、絶対評価になると・・・。

 要はでも、実力を磨くこと、です。この実力の面でお話ししますが、では、5教科のうち何科目ができないと公立トップ校を狙えないかについて――

「できる」とはどういう基準か、ちょっとここだけですが、定義しておきます。
一部ハイレベルの学力評価テストを除き、公立主体の学力を測る評価テストで、公立トップ校の合格ラインの偏差値が68(一般的には66から69ぐらいまでです)とするなら、「できる」とはつまり、この偏差値68前後を指している、と思ってください。

 学校の定期テストで95点も取れば、それはかなりできると思われがちですが、確かにその場合もありますが「実力」に対しては正確ではありません。その生徒が取る学力評価の偏差値は、たとえば数学で58とか、英語で60に過ぎない、というケースはざらにあるわけですから。これなどは、できるとはとても申せません。

 さて、ここでは厳しい基準でいいますが、このほんとうの実力を備える科目、即ち「できる科目(偏差値68)」を、公立トップ校を目指す場合5教科すべてに必要かといえば、そうではありません。なかにはすべての科目できる生徒がいますが、そんな生徒はごく稀です。わたしが20数年直接教えた中学生のなかでも、このような生徒はもちろん(?)いませんでした。

 また、たとえいたとしても、むしろ危ぶみますね。高校になって大丈夫であろうか?・・・と。中学であまりにその学力がバランスよく完成され過ぎると、ともすると高校では、意外に伸びない生徒のケースがなかに少なからずあるからです。まあその原因を述べることはここでは避けておきます。何事も光と影があるように、その影の部分をいま言及することは論旨から外れますので。

 そういう特殊な事例はさておいて、普通何科目、このできる科目が要るのでしょうか? 経験則と現実的な観点でストレートに言いますが、それには3科目はまず、どうしても欲しいと思います。えっ、それでいいの?という方もおられるでしょうし、いやあ、やっぱり3科目は要るのか、と思われる方もおられるでしょう。

 3科目でいいの、ではありません。3科目は最低要る、と捉えてください。当然他の科目、つまり2科目の実力の度合いを見なくてはなりません。これがたとえば63や65なら行けるわけです。ほんとうにできる、から少し力が足りない状態です。それが58とか60に達していないならば、準トップ校になるのが普通の選択肢となりますね。ここが一つの微妙な、そして大きな違いになります。公立入試の場合はやはり、5科目の総合力がものをいうのです。

 英語と数学の2科目はとてもできるのに、国語になるとさっぱりとか、理科がとんでもなくひどいとか、社会の知識が殆ど抜けていて実力になると偏差値が50そこそことか、そういう生徒はたくさんいます。

 挑発的に書きますが、英語と数学ができる、それが塾に通っていてできているとした場合、それが一体どうした?!というんだ、というのがわたしの偽らぬ本懐です。自分の力と自主自学の勉強だけでそれをものにしているのならいざ知らず、他人のお世話になって(?)主力の2科目はできているとしても、他の3科目がいまいちの状態、学力では、もともとそれほど本人に力はないのでしょう。

 高校になると話はまったく違いますが、中学レベルの基礎の段階で、5科目全体に力が割けないのは、また回らないのは、余力のない証左です。数・英だけの力ならトップ校に行けるのだが、どうも5科目になるとどうも、というのでは、またあるいは、数・英・国の3科目はかなりできるので、あとは苦手の理科と社会を追い込んで勉強すればいい、と高をくくっている考えと姿勢では、
それほどたいしたことはないよ、というのがわたしの意見です。

 できる者はすでに、できるているんだけどね。あるいは自らの力の弱点を知り、その対策と行動にとっかかっているんだけどね。

 この後半は次回に述べていきます。では、また。