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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§199 塾にも行かずに公立トップ校を目指そうとする生徒へ VOL.2
<外堀も視野に入れて> 

 塾にも行かずに公立トップ校を目指そうとする生徒へ、ということで、今回はその2回目。ターゲットはかなり絞り込んだところで想定していますが・・
・。

 VOL.1の最後に「自分の力の把握だけは常に怠りないものにしておくべきだ」と書きました。これですぐ思い浮かぶのは、まず学校の定期テストの点数であり、次に年数回行われる実力テストであり、・・・。

 しかしここで少し、喩えがわるいかもしれませんが(わるいのなら変えろ!―― いや、それが発想が貧困で、いいのが思いつかないので・・・)、お城の内堀と外堀で把えてみます。その外堀とは、・・・。

 わたしの住んでいる都市にも私立中高一貫校があります。1学年270人、そのうち3分の2の180名ほどが国公立へ、他は私立大学に、そして上位生は関西なので京大・阪大・神大を目指すことになるわけですが、80名ほどが進学しており、人数そのものの比較ではなくその割合からいってちょうど公立トップ校と同じレベル、偏差値も68くらいです。超がつかないけど難関校のなかの、平均やや上のレベルの学校(男子校)でしょうか。

 夕刻ふらふらと駅前に行く習性(単に気分転換にコーヒーを飲みに行くだけですが)を持っているわたしですが、ともすると時間帯が同じなのか、このT 私立中・高生の帰りの集団にぶつかることが多い。駅から学校までの距離は500mもない立地で、大多数は徒歩と電車通学が普通の、まあありふれた私立の通学光景でもある。

 制服も夏場だから上は白いシャツ、下は紺のズボンのいたってシンプルなもの。しかし中等部と高等部の生徒の外見上の差はやはり出てくるものですね。体躯や歩くその姿、友達と語らう語調や仕草だけでなく、その持ち物と着こなしにも、中高の差が大きく滲み出てくるからなんだか面白い。

 まじめに教科書やノート、問題集をいっぱい詰め込んだカバンを重そうにぶら下げて、その小さな躰を少し斜めに折り曲げるかのように歩いている中等部の生徒に比して、もう立派な体躯を持っている高等部の生徒は、要領よく(?)薄っぺらなカバンを軽々肩にかけて、腹が減ったか途中のコンビニに立ち寄ってはみんなとパンを齧ったりしている。このあたり、ゆるやかな校則(?)で指導もそこそこにしているのに感心する。

 見るからに中1生、どっさり学校で勉強したのかちょっと顔が赧らんで、ひとりで駅に向かっている。ズボンの穿きかたも多少ひきつって、上のシャツがベルトあたりですこし外に、はみ出している。いるよな、身だしなみに無頓着というか、あまり気が回らない男の子が。おそらく家ではお母さんに、「服をちゃんと調えて」とか何とか言われて、直してもらい、それでもどうしてもそのことに注意と関心がまったく働かない。可愛いもんだ。

 それが高校生ともなると、さりげない程度に、だらしなさの格好よさというものを身だしなみに出して自己主張している(?)のも、なんともほほえましいし、気持ちがいい。

 そんななか、定期テストの実施日に遇うものなら、きれいに全員、一斉帰宅するものだから、いつもの集団の流れとがらっと変わり、まるで何百頭もの羊の群れについ紛れ込んでしまった牧羊犬(そんな格好のいいものではありませんが)みたいなもので、ふーん、世間にはなんと私立に通っている生徒が多いんだと、つくづく五感で感じることになるんですね。

 彼らも帰り、わたしも帰り、その方向がまったく逆向きなものだから、これは算数の流水算の上りに相当して、うんと疲れることになる。そんなことはどうでもいいとして、わたしらの年代から較べはるかにいま、その数も規模も増えているわけですが、この私立中学に通っている生徒(&国立附属の中学生)の存在を、そして彼らよりまだ偏差値的には上位の私立中高もまだかなりあり、それらも含めて、普段のなかでどれだけ認識して抱いているかとなると、その度合いは、生徒だけでなくその父母も入れて、経験上と知り得る範囲においては限りなく微弱だと思えます。

 単純に見積もって、もし彼らが公立中学に進学しておれば、学年で1番や2番、あるいは4,5番にいる連中なわけで、それがごそっと私立へと抜け落ちている現状に、つまりは外堀に、少しは意識の眼を持っておくことが、すくなくとも公立トップ校を目指そうとする生徒なら、必要なことでもあるかなと思うわけです。全体のなかでの自分の学力の位置を正しく掴んでおくために。ご承知の如く、大学入試では当然の如くぶつかることになりますものね。

 全体のなかで、と書きましたが、普段捉えている全体とはどのようなものでしょうか?―― 
 そうですね、すぐにイメージできるかと思うのですが、それは自分が通っている学校のクラス全体を拡げた、学年全体を指しているでしょう。そのなかで成績の良し悪しや順位などを判断し、また意識下のなかで知らず知らずのうちに基準を設けている。それは大手の塾に通っていて偏差値を測っていても、大抵は変わりない。けれどもその全体とは、内堀全体のことであるわけです。内堀のシェアーが8割以上だとしても、外堀まで含めた全体では到底ありえません。

 誤解してもらっては困るのですが、これらのことを否定したり批判したりしているのではまったくありません。それはごく普通の感覚であり、当然ですし、わたしもそうであっただろうし、広い視野を持てと俯瞰した立場でいわれても、そのなかに居れば実際持てるものではありません。

 そうではなく、言いたいことは、全体を把える眼のなかにほんの2,3%でいいから、外も意識しておけよ、ということです。その眼は、自分のまだ至らない力に気付かせてくれるはずですし、或るときは、慢心して油断している場合ではないことを悟らせてくれるでしょうし、また或るときは、まだまだ伸ばさねば本物ではない実力に思い当たらさせてくれるでしょう。

 たとえば社会の実力テスト。中3の1学期の結果。難しくて平均点が43点、A君は73点だったとします。平均点より30点も上だ、90点以上はおらず、80点以上は学年(220人として)に3人しかいない。70点台も5人だ。もちろん通常の定期テストでは常に90点以上を取っている。同じようにいつもできている生徒が今回、68点だった。

 どうでしょうか? こうして客観的に、あるいはやや上から瞰ている形になりますから、厳しい眼で見る傾向になりがちですが、もちろんよく出来ているし、A君も多少不本意なところはあるものの、まずまず満足しているかも知れません。そしてその後、1,2年の復習をし、また忘れたところや受験に必要な知識を蓄えていけば、実力はさらに伸びるでしょう。それがまあ普通の受験勉
強の踏むべき過程ですし、十分かな(?)と思います。

 しかし、それでは見方が浅いので、外堀を含めた全体の視野で以下、厳しく書いておきます。

 難しくて平均点が・・・と書きましたが、果たして難しいのか?! 通常の実力テストや学力テスト、また受験の社会のテスト内容も熟知しているつもりですが、数学の応用問題とは明らかに異なり、社会の場合の難易度はあくまで、知識の拡がりと問題内容の深さ、そして統計やグラフ、写真などの資料の読み取り能力に拠ります。そして難しさの原因の大半は、生徒の現実をよく観ればつくずくわかることですが、なんでもない単純なこと、つまり、習ったさまざまな基本の知識の覚える力の弱さに拠るものです。問題が難しいのではなく、生徒の覚えている知識の量があまりにも脆弱であるに過ぎないといえます。

 その眼からすると、A君の73点も、なんとも物足りない力である、という視点も成り立ちますね。平常90点台を取っていれば、なぜ実力テストでも90点台を取れないのか?! その落差の原因はどこから来ているのか? 実力テストになると点数が下がるのは当然であるという感覚と捉え方は、まさに内堀のものであり、その力は、全体のなかではあまりたいしたものでないと、あえて言わせていただきます。

 そうではない、どこでも通じる本物の実力をもっと、基本の学習のなかで身につける努力を積んでおきなさい、とここでは力説しておきたい。これは社会について書きましたが、理科もまったく、同様です。