「能ない鳶は 能ある鷹をうめるか」  鬱飲屋 躁介著

  ~十九歳二ヶ月で逝った、今は亡き息子に捧ぐ~

  まえがき 1〜10                      本編へ(ダウンロード)
  ●一体どんな内容の本なのか?  4  
  ●私がこの本を書いた狙いは?  7
  

  <目次> 11〜23
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  第一章 人生の落ちこぼれだった私の半生について。 25〜56 

  ●挫折から立ち直れなかった私の高校時代。 25
  ●大学受験の失敗〜宅浪〜ノイローゼ〜受験断念。 29
  ●受験を乗り越えられなかった私と、乗り越えられた息子の違いは何か。 30
  ●劣等感〜優越感〜疎外感〜屈辱感と変遷した人生。 31 
  ●人間にとって「やる気」を維持していくことが最も大切かもしれない。 33
  ●淋しい私の少年時代について 。 
  ●六カ月もの失業時代(平成九年十月〜翌三月末)を経験して。 37
  ●そんな私が息子を如何に教育してきたか。 39
  ●私自身が子供の成長を通しずっと思ってきた六項目。 41
  ●子供には親としてどう向かい合うべきか。 45
  ●親が頼りないと、子がしっかりしてくれるのか。 47
  ●幼児期に於ける親の子への接し方。 49
  ●今こそ求められる父親の権威について。 51
  ●親子の遺伝について。 53
  ●ここぞという大事な時に結果を出せるか否かが、勝者と敗者を分ける。 54


  第二章 競争心なく超マイペースで、のんびり過ごした息子の中学時代。 57〜100

  中学一年(平成十二年〜平成十三年)まだ小学生気分が抜けない一年生。 57
  ●地元の公立中学か、中高一貫私立中学受験か。 57
  ●級友のレベルがあまりに低過ぎる!と一時は登校拒否。 59
  ●将棋倶楽部に通わせても、学習塾に通わせようとは思わなかった。 60
  ●五教科平均で九十点以上とったら賞金五千円のラッキーボーナスを。 63
  ●算盤塾(丸野学院鶴見校)で暗算力を磨く日々。 64
  中学二年(平成十三年〜平成十四年)卓球に生き甲斐を見つけていた二年生。 66
  ●大手前高校への進学なんて、夢にも考えなかった。 66
  ●卓球クラブが唯一の運動だった。 67
  ●参観日に授業も聞かず、シャーペンで遊んでいた息子。 68
  ●夏休みも、専ら学校の宿題をこなす程度でダラダラしていた。 68
  中学三年(平成十四年〜平成十五年)高校受験を視野に徐々にペースアップ。 69
  ●Z会 通信添削で五教科の勉強を始めさせる。 69
  ●Z会 志望校判定Vテスト七月結果:散々な結果に唖然。 70
  ●Z会 志望校判定 Vテスト 十一月結果:本当の実力はこんなもの。 71
  ●第六回 五ツ木の模擬テスト(十一月実施)家内が無理矢理受けさせる。 71
  ●第一志望高校を大阪府立大手前高校 理数科に決める。 75
  ●親の奨めを無視し、「理数科体験入学」を頑なに拒否する。 76
  ●偏差値七十以上の数学問題集に取り組み、数学の面白さに開眼。 76
  ●大阪府立大手前高校の沿革。 77
  ●大手前高校の過去進学実績に見る傾向。 77
  ●第七回 五ツ木の模擬テスト(十二月実施)模試は二回で十分。 81
  ●第八回 五ツ木の模擬テスト(一月実施)冊子を手に入れ最終調整。 84
  ●理数科入試の数学で、分からない問題はなかった!と息弾ませて帰宅。 84
  ●翌日の新聞の正解を見て落ちた!と思い、後期普通科対策を始める。 85
  ●息子の内申点は合格者中ほぼ最低点で、当日入試は(予想)ベストテン以内か。 89
  ●中学時代の担任教師への御礼状。 93
  ●五ツ木模試の受験冊子 SEEが、公立高対策唯一の情報収集手段だった。 95
  ●大手前高校理数科を受験した中学時代の仲間達。 95 
  ●大手前高校理数科受験総括。 98 


  第三章 人とは違う変人の「オーラ」が出ていると言われた高一時代。 101〜126

  高校一年(平成十五年〜平成十六年)充実した高校生活が始まる。 101
  ●大阪府立高校普通科 各学区トップ校と、理数科の入学難易度比較。 101
  ●理数科の秀才と雖も、ピンからキリまでいる。 102
  ●公立最難関大阪府立天王寺高校理数科と、大手前高校理数科。 103
  ●優秀なクラスメートに恵まれ、様々な刺激を受ける。 105
  ●或る教師曰く、理数科第十一期生は、「過去最優秀」かもしれない。 108
  ●高一〜高二にかけて、最大十六人のメンバーで成績公開をする。 109
  ●成績公開メンバーの成績順位の変遷。 118
  ●夏期「天王寺理数科との合同 サマースクール」で阪大教授に学ぶ。 119
  ●中学時代学年トップだった普通科生徒も、理数科では「大したことない」存在。 120
  ●Z会高一七月実力テスト結果。 121
  ●数学オリンピック大会出場を目指したが。 121


 第四章 ウマが合わぬ級友達と、次第に厚い壁ができていく高二時代。 127〜156

  高校二年(平成十六年〜平成十七年)徐々に孤立を深めていく変人。 127 
  ●息子の理数科での成績順位の変遷は。 127
  ●捨て教科の多い、各教科毎の息子の成績は。 128
  ●五月上旬から八ヶ月に亘り、長い「父子の断絶」が始まった。 130
  ●それでも成績表は三年間きちんと親に提出していた息子。 131
  ●夏期「理数科セミナー」で京大教授に学ぶ。 
  ●後期クラス替えで、更に孤立を深める。 133
  ●志望を京大理学部から、総合人間学部理系へ変更する。 138
  ●八ヶ月振りに「父子の会話」が再開する。 139
  ●05年二月実施の河合塾センター試験模試の成績。 145
  ●どういう学習計画を立てるか。 146
  ●どの教科にどれだけ時間配分すれば、理系人間には最も効果的か。 148
  ●中高一貫名門私学の俊英達との競争を頭に入れておく必要がある。 152
  ●Z会の添削の受講状況は。 153
  ●Z会の添削の提出状況は。 155


  第五章 孤立を更に深め、精神疾患とも闘わねばならぬ煩悶の高三時代。 157〜206

  高校三年(平成十七年〜)耳栓をして級友の声を遮断していく日々。 157
  ●Z会の添削で全教科受講態勢を敷くが、早くも暗雲が。 157
  ●大学進学率の推移について。 159
  ●私大の四割が定員割れに...06年度過去最悪に。(毎日新聞7月24日付記事より抜粋) 162
  ●勝負の夏休みを、ラダラと昼まで寝てる怠惰な生活に「喝!
  ●高校入試の苦い経験を踏まえ、二次試験一発勝負の京大理学部を志望。 166
  ●私大理系教科+αで、国立大理系学部も十分射程範囲に入る。 167
  ●大学受験に対する息子の考え方。 171
  ●大学受験前の不安定な時期を振り返ると。 173
  ●息子は、はたして大物かバカ者か。 174 
  ●中学・高校の担任教師の出身校へと進学した奇遇。 175
  ●第一回駿台 京大実戦模試(05-8-15)→50位A判定に吃驚仰天。 176
  ●第一回河合塾 京大オープン(05-8-28)→22位A判定に苦笑い。 182
  ●第二回河合塾 京大オープン(05-11-6)→29位A判定に自信深める。 184
  ●第二回駿台 京大実戦模試(05-11-23)→68位A判定ながらも落ち込む。 184
  ●京大の二次試験本番のシミュレーションをしてみました。 185
  ●第二回駿台 センター試験模試(05-12-18)→毎度ながらそれ程よくなく。189
  ●高三の冬休みに、赤本で過去問題のノルマを達成。 190
  ●センター試験対策もやり始めるが、肝腎なのは二次試験。 191
  ●二次試験対策をやっていれば、センター試験問題が解ける訳ではない。 194
  ●京大理学部の入試について。 195
  ●天王寺&大手前の理数科と、北野高校を比較検証すると。 201


  第六章 高三秋から書き綴っていた「勉強日記」 207〜240

  高校三年 九月中旬〜息子が書いていた、全教科京大現役合格のための「勉強日記」 207
  ■05年度九月末までに自ら課したノルマ...京大二次試験入試まで六ヶ月前。 207
  ■05年度十月末までのノルマ...京大二次試験入試まであと四ヶ月。 213
  ■05年度十二月十日までのノルマ...京大二次試験入試まであと二ヶ月半。 217
  ■十二月十六日〜二十二日までの目標(十八日のセンター試験模試を除く六日間) 222
  ■十二月二十三日〜一月九日までの目標(十八日間)京大二次試験入試まであと二ヶ月。 224
  ■息子が受験勉強を通じて考えた勉強方法について、掲げた見出し97項目。 235
    (↑これはすぐに、HTMLで読めます。)

  第七章 大学入試センター試験〜京大二次試験へと受験本番の渦中へ。 241〜274

  高校三年(平成十八年〜)もう受験は駄目かもしれない... 241
  ●06年一月二十一・二十二日 遂にセンター試験本番。 241
  ●精神障害の症状が徐々にひどくなってくる。 244
  ●もう限界! 精神科クリニックへの通院を決意する。 249
  ●あと一ヶ月という二次試験直前期になり、受
  ●息子の精神疾患と経緯について。 255
  ●二月二十五・二十六日 最後の気力を振り絞り、京大二次試験に臨む。 258
  ●三月三日〜三月八日合格発表までの、不安の日々。 264
  ●三月八日、盛り上がらず白けた、京大理学部合格発表風景。 267
  ●京大理学部合格者の出身高校(05年〜06年) 269
  ●京大出身のノーベル賞受賞者(五人) 270
  ●京大理学部出身のフィールズ賞受賞学者(二人) 271
  ●京大理学部と東大理科一類の二次試験偏差値比較。 272


  第八章 大学生となり、徐々に人間性を取り戻していった日々。275〜295

  大学一年(平成十八年〜)新たなステージへと飛翔する偏屈男。 275
  ●理数科クラス八十人の中で、東大理一・二類に合格できるレベルはいたか。 275
  ●天王寺高校理数科と大手前高校理数科の大学進路の違いを検証する。 279
  ●京大への現役合格率で近畿圏国公立高校を見ると。 282
  ●国公立大医学部医学科への進学者も多いのが大手前の特徴。 282
  ●受験で合格する者は何が違うのか。 283
  ●京大二次試験の成績開示通知が来る。 286
  ●全国の高校で発覚した、履修単位不足問題について。 290
  ●大学合併時代に、最高学府の内実が問われる。 293
  ●【補足資料】06年度大手前高校卒業生のセンター試験獲得ランキングに見る傾向 305

  あとがき 296-300 
  著者/鬱飲屋躁介(うつのみや そうすけ)略歴 300
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 注:<本編のなかの勉強方法(抜粋)> (235ページから240ページまで) これもHTML化しました! 
 息子が受験勉強を通じて考えた勉強方法について、掲げた見出し97項目。
                                                     まえがき目次本編