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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§145 誤った学習のしかたについて
<その学習のしかたは軽すぎる>> 

 今回は誤った学習のしかたについて、少し触れてみることにします。

 といってもそれは、そぞろに思いつくだけでも大きなものから些細なものまで、まあ、あるはあるはで、ほんとに多くこれまで見せつけられて来ました(?)経験上、それを想うと、つまりいちいち直していくことの大変さと苦労を想いだすだけで、はや、気が萎えてくる始末。

 これを逆にいいますと、正しい学習のしかたなるものは、昔からそう多くはない筈なのですが、そしてそれは平凡でごくシンプルなものだと思うのですが、それがどうも現実のなかでは、生徒は思うようになかなかできないといいますか、また、ちっともしないといいますか、その場だけの口先だけのきれいごとに終り、行動が伴なかったり、たとえしても長続きしないことが結構多いかに
みえます。

 個々の生徒の能力と学習への取り組み方の適正を観ずして、誤った学習のしかたを一律に当て嵌め論じることには多少無理があるわけですが、そんな視座も危惧も関係なく、これはどうみても誤っているよ、という学習のしかたの見本みたいなものを、一例引いてみます。

 それは、目だけで追う暗記の勉強、特に定期テスト対策に臨んでのスタイルです。これは中2から入塾してきたかつての生徒のお母さんから、いままでしてきた学習方法を聞かされた時のものです。

 とにかく習ったテスト範囲に対し、ほぼ黙読のスタイルで覚えてしまう。手を使うことなしで、即ち問題演習を殆どせずに、教科書やノート、プリントなどをチェックして理解、ひたすら暗記する。そしてテストに臨む。それで5教科ほぼ80点以上を取ってきたとのこと。

 この話しを聞いて、まずまず学校では順調にできている、生徒の力もそこそこはありそうだ、と判断するようではその認識の程度は低いといいますか、力量はかなり不足していることになります。(えらそうに書いておりますが、わたしも教え出した始めの2,3年は、この甘い認識でおりました)

 ああ、これでは、力はまったくついていないだろうなあ、と幾分気持ちが冷え興醒めするのを押さえつつ、その場では控え目に少しアドバイスをしましたが、母子ともあまりわかっていない様子。そこそこには力があると思ってるんですね。

 実際に教え出すと、のみ込みは確かに早いし、学習作業もスムーズにする。しかし、その学習する姿勢と醸し出す雰囲気から伝わってくるものは、ちょっと「軽い」のです。重ければいいのかといえば、単純にそうとはいえないですが、この「軽さ」を感じる印象から判断できることは、経験上いいものはまずありません。

 その後の学力テストの結果、偏差値は50にも届いていませんでした。まったく予期していた通りとはいえ、とてもとても、そこそこには力があるとは申せません。なぜなら公立中学生主体の学力評価テストなるものは、中位以上の私立中学に進んでいる生徒のデータがごっそり抜け落ちていると考えてもいいわけで、平均なる50の偏差値の意味するところは、実は全体的に観れば、もっと低い基準にしか過ぎないともいえるのです。

 このあたりを誤解して観ているといいますか、視野のなかに入れていないで成績や偏差値をそのまま判断している生徒、ご父母の方が結構多いですから、気をつけてもらいたいと思うのです。

 わたしも暗記の大切さと暗記力を鍛える術を大いに勧めていますが、このようなまずい学習、軽い暗記のしかたをいっているわけではありません。もっと幅広い知識を持つ深い暗記、実力に繋がる暗記の追求です。言葉で書けばこうきれいになりますが、実際はもっと要領を得ず、時間もかかり、そして無駄も多いのです。それは、軽さとは無縁です。また、効率とも無縁です。

 ここで少し脱線しますが、時折ですね、「効率的」な勉強のしかたを教えてほしい、という質問がくるのですが、はっきりいって、わけがわからんのです。集団を効率的に動かす、人員を効率的に配置する、一時にたくさんのものを効率的に生産する、などなど、それは多くの他者、対象物を相手にする場合に出てくる発想で、また、たとえ自分ひとりの場合に用いたとしても、それは十二分に慣れた仕事の中で考えるというか出てくるもので、学生の勉強の段階で、何もかも新しいものを習っていくに対し、またその習得に対し、不十分なる自分の力を埋めていくことに先ず以って、必死になって取り組むのが先決であり、そこには効率なんて言葉はそもそも当て嵌まらないのですがね。

 自分を相手に、もっと直截的にいえば自分一個の頭を相手に、何が効率的なのか、そんなこと他者がわかるはずもない。まして日頃どういう勉強をしているのか、どういう理解力と思考力を持っているのか、またどの程度の学力を有しているのか、また何が本人にとって何が効率的なものであると考えているのか、そういった具体的情報を何も提示しないのが殆どすから、100%わかり
ません。

 常日頃、よくもまあ、これだけ習ったことを次から次へといとも簡単に忘れいくものだと、忘れないように工夫して教えた暗記方法そのものでさえ平気で忘却する生徒がかなりいるものだと、何度同じミスをしたら気がすむんだと、そしてそれを繰り返し繰り返し訂正したらいいんだと、ちょいと捻った問題は捻り返せばすむ応用問題にどうしていつもまごつくんだと、成績がよくとも悪くとも(当然その程度は違いますが)そんな現実を数々目の当たりにしてきては、効率的なんて言葉は、まったく戯言にしか過ぎず、またねじれの位置に相当して、交わりもしません。

 もう少し控え目な言葉で「効果的」というのも、ある水準に達するまでは不必要ですね。その前に、すべきことをしているのか、時間を費やしているのか、失敗を糧にする努力をしているのか、同じ誤りをしない対策を自分なりに見出しているのか、それらがあってこそ、そして基礎とある一定の応用段階の知識を十二分に身につけた上でやっと、問える言葉だと思んですね。どうもね、それらをすっ飛ばして、すぐに効率的だとか、効果的だという言葉を吐くきらいが多いです。
 
 話しを戻しますが、上の生徒の場合、この軽さを取り除くのに1年以上かかりました。そして偏差値も10少し上がり、60そこそこにはなりましたが、それが限界でしたね。なぜなら、外面的に終わっているからです。あるところまではその欠点と脳細胞に巡る血の回路を矯正はできても、真に自分で、学習の中身の追求のしかたと思考のあり方を問い質し、改めるべき点はすぐにも反省し、改善しなければ、所詮それは、束の間の借り物に過ぎない。

 本人もお母さんも当然のごとくその上を望むわけですが、正直言って勘弁してもらいたい、そんな心境でしたね。その1年の中身をまったく書いておりませんが、それはそれは何十回注意したか、いや、叱ったか、また気の遠くなるほど細かな指導を繰り返したか、いまでは覚えていないほどです。それは恰も、押さえつけておかないと元に戻るバネのように、その軽さのバネは、長年身についた本人の本質、気質に結びついているだけに、圧力をかけて塞いでいるにはいいのだけど、根本的には直らないのです。それでは、その上のレベルへの実力養成は、とても無理です。いえ、無理なことをすでに、十二分にしたつもりです。

 まあ、今回はひどい例を出しましたが、ただ教えるだけでは、成績は少しも上がらない、ごく一部の優秀な生徒を除いて。そんな悩みやケースは世間にごまんとあります。たとえもし、通常の成績は上がっても、実力テストなると見事、その結果に裏切られる事が、この言葉が不似合いなら、当てが外れることが多い筈です。この感覚は塾に行かせている親御さんの立場においても同様でしょうし、さらに切実かもしれません。

 その事実に存外気づかれていないお母様たちもいます。2年生、3年生と学年が進むにつれ、漸く気づかれる方もいます。ここではしかし、こういった事実を書くことに留めておきたい。ただですね、問題はその先、勉強の中身がわからない、わかるという現象の先に、もっと大きな課題がさまざまな角度で存在するのです。

 そのひとつが、今回の学習上の軽さです。これは程度の差こそあれ、かなりの生徒がする所作なので、また実力とは無縁な勉強のしかたなので、これからの学習の進め方の中でよーく注意して視てもらいたいと思います。