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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§235 中学生の国語力アップの一方策VOL.2
<説明文、論説文、随筆文、小説文>

 前回のNO.324で、中学生の国語力アップを図る一方策として、たとえば朝日新聞の「天声人語」などのコラムをノートに書き写す勉強がいいので、ぜひこの勉強を組み込んでみてはどうか、と最後に書きました。

 しかし前半では、清水幾太郎の文章を引いて、その内容である「文章の書き方」で指摘した大切な要素三点で書かれたさまざまなタイプの良い文章を、書写する勉強をしてみてはどうか、と書いているのです。

 つまり、書写の対象を何に置くかに違いがあるわけですが、できることなら、さまざまなタイプの良い文章を書き写すほうを、もし実践するとしたら、よりお勧めしたいと思うのです。という理由には、ふたつあります。

 ひとつは、気分的なものに属しますが、たまに読むならまだしもコラムをつねに読んでいると、その内容がいかに正鵠を射てようと批判とアイロニーが充溢した文面や話題に、どうしようもなくいやな気分になるときがすくなからずあります。中学生はもっと美しい文や感動する文、また読んであれこれ考えさせられる文に、多く接したほうがいいと思うんですね。

 もうひとつは、昨年、高校入試の国語の文章を吟味選別して、国語の問題集を作ったのですが、その折にあらためて強く感じたのは、入試に出る文はやはりいいものが抽出されていて、当たり前ですが中学生には向いているなあ、こんなのを日頃からどんどん読んでいるべきだなあ、ということでした。

 文章の分類にはいろいろな視点があるとして、入試に出る現代文に限定するならば、説明文、論説文、随筆文、小説文の4つに別けられるでしょうか。当然その作者はさまざまな分野の人からなり、思想から物の見方から感じ方から何もかも違うわけで、文体も違えば、表現技法も違います。これは大いにおもしろく(?)、参考となるところでしょう。

 それに比して新聞のコラムは、ご存知のように各新聞社の論説委員や編集委員が何人かで担当し、社会のできごとから自然や四季の移り変わりに至るまでを題材とし、主観的な感想を交えて述べるものですね。字数の制限のなか新聞特有の表現や句読点の打ち方、型に嵌った話題転換の言い回しなどがあります。

 つまり、書写の対象とした場合、国語力を上げるためになんで文を写すことがいいのか、その効用と目的の設定の差になるのですが、活字によく当たり、日本語の文章に慣れ、漢字や知らない語句の勉強を補強するためなら、中学生にとってコラムはじゅうぶんかと考えていますが、と同時にコラムは、あくまでさまざまな文章表現のなかのほんのひとつの形態にすぎないことを確認しておきたいと思うのです。

 それに対し、多種多様な文章の建築物に慣れ、その展開と証明を知り、読解力とは何ぞやで一般によく書かれているところの、筆者の主張を的確に読み取る能力、あるいは登場人物の心情や思考・状況を理解する能力を磨く、そういう効用と目的を設定するならば、それらの文章にすこしでも親しむことが必要でしょう。それらの文章とは、説明文、論説文、随筆文、小説文になるだろうし、その書写がより的を得ていると思うのです。

 この学習方法は、国語力を上げるための一方策です。そして世によく在る近道の方法ではまったくありません。下手すりゃ目的そのものも見えないでしょう。見える目的があれば、人はそれなりに努力することを厭いませんが、見えない目的や目標に対しては、やる意欲もモチベーションも湧きづらいものです。

 しかし、考えてみてもください。勉強するには、土台になる力の部分と、それがありその上に載せていく基本の力の部分がまずあるでしょう。見える目的があり、方法があるのは、後者の部分であり、前者の土台になる力の部分は本来、やる作業はあるにしても一端の目的とか目標とかはまだ無縁の、あるいは関係なさそうなところで培われるものではないか、とわたしは思っています。

 小中時の国語力の大部分は、あえて乱暴に書けば、土台になる力の部分にすぎず、そこに基本の力の部分を磨こうとする方法やノウハウを持ち込んでくるから、話はややこしくなるのである。もちろんこの土台になるこの力の部分にも目にみえる目的や方法、すなわち漢字の読み書きや辞書を引いての語彙をゆたかにしていく訓練というものはありますが、それは一部分であり、大部分は自分で好きな本をたくさん読むなかで修養されていくべきものであろう。

 ここには、見える目的や目標はないと思います。やる意欲やモチベーションとも無縁です。それゆえ、というか、したがって、というか、土台になる力の部分の勉強のひとつしてこの「書写」を捉えてもらえば、ちょうどうまくゆくのではないかと思うんですね。

 以上で、なんとか、屋根に瓦を積む作業も終わり、わたしの今回の文章の証明も相変わらず大したものではありませんが、どうやら無事にすんだように感じます。

 しかし、具体的になにを用いてどのように進めたらいいのか、などなんら触れておりませんね。そのあたりご参考まで、次回書いてみることに致します。