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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§123 間違いは、果たして直せるのか?
<ポケットの小さな穴>

 生徒のおびただしい間違いに接するわけですが、どうすればその間違いを直せるか、また直せないかについて、少し考えてみたい。

 一般に、間違いという言葉は、ミスという言葉に置き換えてよく使われていますが、このミスという響きは間違いという言葉ほど重くないわけで、殆どわかっていたんだけどついミスをしてしまった、というふうに軽く扱われているのが通例ですね。

 中程度のミスはあまり聞きませんが、単なるミス、ケアレスミスはよく耳にする言葉で、重大なミスとは区別して用いられている。重大なミス、致命的なミスは誰しもしたくないものであるが、では、その軽い、単なるミスは直せるのか?となると、さてどうなんでしょうか。

 もちろんその直せるという言葉の意味は、単なるミスそのものを直して正解を出すではなくて、ミスを頻発する者自身のどうしようもない所作とその意識、もっと突っ込んでいえばその頭を指していますね。 思うんですけどね、大体が複雑なミスなんかあまりないわけで、その殆どが単純なミスか不注意によるミスであり、それなら、軽い単なるミスは、それを次にしないように“自分で直せばいい”、と。

 一度目はしかたがない。その問題に対し理解が足りないことや注意する点がまだ身についていないからだと考えられる。さらに演習を行ってまたは復習をして、二度と同じ誤りを繰り返さないように、自分で十分な反省とミスをした原因を掴み且つそれを次にしない工夫を考えればいい。いや、そうするのが、勉強を進めていく上での大事な基本の一つでしょう。

 しかしこれをどいうわけか、ほんとうにはしないですね。いいきってはいけませんが、わたしの視る範囲ではほぼどんな真面目そうな生徒でもこの基本をしていない、乃至非常に甘い。ひょっとして、根本的にそのようなことは出来ないのでは?!と思いたくなるほど、生徒のその真の現状はひどい。だからその結果、果てしなく(?)同じミスを繰り返す。また勉強が進んでいくという
ことは新たなミスを増やしていくことに他ならない。

 五歩進めば三歩下がる。それがまあ大雑把だけど平均的な生徒の実力の姿か。
 三歩のうち二歩は、忘れるという力(?)。これは今までにかなり追求して述べてきたので、ここではあえて触れない。少しでも触れれば膨大な問題に言及しなければならない破目に陥るから。残りの一歩の後退が、このミスとそのあとの処理のまずさ。

 基本の学習なら、五歩進めば五歩確実に着実に進んでほしいのだが、実質は二歩しか歩んでいない生徒のなんとまあ多いことか。(これで応用が出来ますか? 思考力や表現力を問われる入試問題に対応できますか? いやそれ以前のレベルの実力テスト(基本の寄せ集めに過ぎないものが多いですね)ですら、基本の力が驚くほど貧弱なためたじたじの現状でしょう。)

 生徒の多くはこの日常的な細かな取りこぼし、つまり後退の一歩を自分で繕うとはしません。このことは非常に奇異に感じますし、不思議に思えてならない。目は前だけを向いていて決して振り返ろうとはしない。自分の後ろに大切なものをどんどん落としているのに気づかないのか、拾おうともしない。それ、落としただろう、自分で拾えといっても、ただ単に拾うだけで、何で落としたのかその原因を考えようともしない。

 それはポケットの底に穴が空いているからだ、という単純な事実になかなか想到しない。困ったものだ。どう説明しても幾度指摘してもわからないらしい。それは大きな穴と小さな穴のニつ。「忘却」の大きな穴の塞ぎかたは既にいままでに書きました。ここでは小さな穴について。

 ぼちぼちびしっといわねばなりませんね。
 ミスは立派な(?)負の実力である、と。所詮ミスをする実力しかないんですよ。計算ミスから単語のスペルミス、文法ミス、記号ミス、設問の読み間違い等などあれこれさまざまの種類のミスが直ぐに浮かぶわけですが、これ以外にもほんと驚愕させられるミスにも出くわすのが平常の姿であり、ミスを直すのにさらにミスを重ねた答えなど当たり前、理屈では量れない事態と混乱をい
ちいち収拾するのに精も根も尽きるのが、まあ授業の実態でしょうか。

 それゆえ、普段の定期テストとかで、たとえば英語の点が74点としたら、ミスさえしなければ軽く80点を超えていたのに、うちの息子(or娘)はどうもそそっかしくて困る、ミスをなくすにはどういう方法があるんでしょうか、とか、ミスさえしなければもっといい点が取れたのに、と軽くいう声を聞くにつけ、うーん、と重い溜息が出ますね。

 結果だけしか見ていないといいますか、そのミスは普段に頻発して起こしていることであり、それを何ら自分で解決していない、塾に通っていてもとことんそのミスを誘発する原因とその対処、追求の学習のしかたを教えてもらっていない当然の帰結であると思えてなりませんね。要はしかし、本人なんですが。

 初めに、軽い、単なるミスは直せるのか?と書きました。わたしの答えは次にようになります。
 単なる軽いミスであるがゆえ、直すことは相当に難しいでしょう、と。

 でもそれではここまでお読みいただいた方に十分な答えにはなっていませんね。しかし、言いたいことは、既に述べているのですが。軽い単なるミスは、それを次にしないように“自分で直せばいい”、と。そしてほんとうの学習と力の所在の一つはここにあるのだと。他人によって事細かに直される勉強と学力は、たとえいまは通じても先には役立たないことがいかに多いか。この平凡な事実に言及しているものがあまりないので、ここに書いておきますね。

 次に同じミスをしないように“自分で直す”のが、ほんとうの学習だと思いますね。

 それには二つの指摘をしておきます。
 一つ目。ここまで意識的にミスという言葉を多用してきましたが、ミスは「間違い」であると、はっきり認識すること。あたかも「ミス」はわかっていたかのような錯覚をおこしますが、生徒のそれは明らかにわかっていないことが大半です。ほんとうにはわかっていないことから来るミスがその正体です。それゆえ、ミスという言葉を使わず、もっと明確で脳に刺激を与える「間違い」という言葉を使用したほうがよいと考えます。「間違い」は徹底して正さなければなりません。

 二つ目。「間違った」ことに対しては、その場ですぐに直せない、ということ。必ず時間をおいて復習することです。 わかっておれば間違いません。わかっていなかったから間違うのです。その
わかっていなかったことを、すぐに直せますか? すぐに直せる頭なら最初から間違いません。わたしの場合、そんな機敏なすぐ修正が効くような頭をしておりません。直すには多少とも苦労しております。

 もちろん間違ったその場で立ち止まり、すぐに直そうと集中するのは当然ですが、それがほんとうに直ったかはもう一度確認してみなければわからないのです。大抵の場合、その半分は時間とともに風化しているはずです。その風化を食い止めるのが、復習の大きな意味でしょう。ましてや生徒の間違いは、1回の授業に何個間違いを犯すでしょうか。

 わたしの問題集では特にそうかも知れませんが、単純な繰り返しは避け出来るだけ生徒の頭を考えさせる問題作り、過去との関連を意識的に取り入れ、且つ間違いを犯す問題構成、つまり実力養成に主眼をおいているからなおさらなんですが、1枚のプリントの中で4,5個は平気で間違います。2枚もすればその倍の8〜10個の間違いをします。とてもじゃないが、それらの間違いを授業の中で処理できる能力はありません。その場ですぐに直せないという言葉の意味がお解り願えたかと思います。

 どうぞポケットの小さな穴を取り繕いて下さい。絶えず縫わねばならないことは言うまでもありません。

 ぼちぼち中1の英語も2学期に入り、このポケットの小さな穴が生まれ出して来る頃。次回は久々、中1英語に照準をあてて、その問題点を考えてみたいと思っています。