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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§94 悪い癖?・・・VOL.2
<数学編>

 今回は数学に於ける学習場面での悪い癖について、気になる点を少し述べてみたい。現実の学習作業のなかで、日頃の授業で目に触れる気になる点、どうもそのやり方はおかしいのではないか?というものを4つ挙げてみる。

・消しゴムの、「異常なる多用」をする生徒がいやに多いなあ。

・計算スピードはなるほど速いのだが、その行き着く先は?・・・

・テスト対策なんかすると、判でおしたように1番から順番通り解いて、難し
い問題にぶつかると、もう固まって先に進まない。

・問題通り、答えたら?!

 小さいことだけど、小さいだけに、積もればそれがカチカチに固まって、本人の習慣になり、ちょっとやそっとの注意では容易に直せない悪い癖(?)が、学習の場面の中にはふんだんにある。ここでふっと思ったのだが、「のびのび教える」「のびのび学ばせたい」とは、どういうことか? その方針には大いに賛成なのだが、それは生徒自身が、守る基本をある程度持っていて、また学習についての基礎的な約束事というか、言わないでも自然に身についている心構えがあってはじめて、成り立つものではなかろうか。

 その諸問題の原因の追求はさておいて、こうも生徒が自由気侭に間違いをおかし、おかさないように基本を徹底して指導しても、時間が経つと、また場面が変わると(主に、テストの段階で)、一部の生徒は性懲りもなく、例えば自己流の計算をしたりしてミスを誘発するにつけ、何度も基本の徹底と注意を繰り返さねばならなくなるのはどうしたことか。

 生徒の行なう現実の、のびのびした(?)間違いに、ひとつひとつ対応していくと、これは教えた人ならわかると思いますが、ほんとに切りがない。一言の注意で直ればこちらも大いに救われる(?)のですが、そんなに甘くはない。

 話が逸れました。元に戻すとして、消しゴムを多用する生徒が、10年前と較べてなんだか“絶対的に”増えてきたようだ。手の横に、すぐ消しゴムが置いてある。まるでそれは、仲のよい友達のようにもみえる。消しゴムって、間違ったときに使うものでしょう?!・・・。

 私なんか学生時代を振り返るに、消しゴムで消すのが邪魔くさいものだから、間違えればその上を鉛筆で線を引いて消すか塗り潰すかしたものだけど、それではいけないテストの時にだけは、わざわざ筆箱から嫌々ながら取り出して消したように記憶するのだけどねえ。

 ひどい例を書くけど、数学の勉強が済んだ折りに、あとの机の上を見ると消しゴムの滓がひとところに山盛りになっているのを見て、最初は驚いたものだ。それも見慣れるにつけ、掃除が大変ね(私がする)と、無感動に思うようになってきた。またある生徒は、計算したそのあとすぐ消しゴムで消し、また書き、また消す、という不毛な動作を繰り返す生徒がいる。もう堪んないから、「その消しゴムを筆箱にすぐに直せいっ!」と、怒鳴ったこともある。

 こんなことではちっとも問題解決にはならないのだけど、これこれこうだから、こうしたらよい、と理路整然に言ったところで、これまた直ぐに改まることでもないのが、悲しい現実。こんなにひどくはなくとも、全体に今の生徒は消しゴムをあまりに多用し過ぎる傾向がある。それだけ自信がない証拠でもあるが。間違えば、さっと全部消してしまい、また一からやり直そうとする。

 それでは、どこが一体間違った箇所なのかの分析と反省がない、ということで、この悪い癖を続けていると、日常的に次に繋がるものがないと思える。また更に、復習した場合(これをしませんね、これが実力の根源だと思うけど)、消しゴムで消すと自分の間違いをきれいさっぱり消去する、ということで、反省の糸口も見つかりません。

 安易に消しゴムを使わないよう、これは平生から意識して心掛けることが、ほんとうに必要ですよ。このようなことこそ、小学時にその悪い癖が出てきた折、すぐさま直し躾けてもらっておくべきことですが。 心当たりの生徒は・・・。

 次に数学の場面で、「計算スピード」について。
 ある生徒に絞って話しますが、その生徒はとにかく解くスピードが他の誰よりも速いのです。計算も速いし、中程度の問題なら飲み込みも速い。ただ定期テストになると、どういうわけか70点そこそこしか取れない。途中からの入塾で、まだ私もその生徒の普段の力と実力をもう一つ完全には把握していない。

 次のテスト前、対策をする時点でその生徒の癖を掴む。なるほど速い。そして見直すことをしつこく指導しているので、それを守ってやっている。でも答えあわせをすると、平凡な計算ミスを数個きっちりやって、他の間違いを入れると80点ぐらいにしかならない。私は注意した。「計算スピードを落とせ。もっと、慎重にゆっくりやるんだ!!」と。

 もちろんこれでは終わらない。対策プリントを3枚ほど課し、間違いのノート訂正を宿題でおこなわせ、十二分とまではいかないが、テスト範囲で知識の穴が空いていない状態まで持っていく。

 さて、テストの結果は? ―――
 73点。そりゃあ単元の内容も違い、問題の質も違うので単純には比較できないのだけど、これじゃあ、進歩の跡がなんら窺えない。何かが、おかしい。なぜだ?・・・。

 普段の学習ワークから見て、せめて80点以上は取れよ、といいたくなる。けれども、次に定期テストでも依然と70点台であった。ふーっ、疲れるよ。まるでわかっていないんだね、自分の頭のレベルが。できる、と思ってるようだ。また、わかってる、と考えてるようだ。その気持ちと結果のずれを、どうして?と考え、反省し、拙いところを見つけ、改善する気が、どうしてないんだろうかね?

 次の定期テストの予めの対策でも、相変わらず軽い調子で、易しい問題はさらさら解き、一部のちょっと思考力の要する難しいところでは立ち往生し、戸惑っている。まあそれはいいとして、見直しにしてもどうも表面的というか、上っ面をなぜてる感じで、ほんとに真剣にやっていない。それは顔の表情と手の動きを見ればすぐわかる。

 私はその生徒のとこへ行くと、頭を一発はりあげ、「おまえは、頭が○○△※◇∴・・ 今まで何度、#%○☆□。どうして、▽※∞≠≠・・?!!!?スピードを落として、慎重に○○※だろうと、何度言ってるんだあっ!! 数学のテストを進める呼吸をおぼえんかあ!!」と、リセイをかなぐり捨てて、頭に入るのではなく、身体と記憶の細胞にめり込むぐらい怒鳴りまくった。疲れる。叱ることは、とてもエネルギーを要する。やっと、わかったのか、また注意力の脳細胞に届いたのか、2枚目のテストでは人一倍ゆっくりと解き出した。

 テストが返ってきた。結果、89点。やっと、ほんとにやっと、それこそ半年もかかって、「テストに臨む呼吸」がわかったようだ。

 それにしても何故なんだろう?と思う。小さな学習上の悪癖や欠点を、なぜ生徒自身が直せないのか、直そうとしないのか、また他人の指摘でいいことはすぐに取り入れないのだろうか。実際、学習の中身で言えば、これと同レベルの間違いや拙いやり方を、生徒はいやというほど次々にしてくれるのですが、ほんとに正しい方法と学習内容がわかるまで、それはそれは時間がかかることが多い。そしてその底流には、どうやら同じものが流れている。

 自分のことなのに自分でどうすべきかを、普段考えていない、また考えようとしない生徒が多すぎる。例えば「実力テスト」が返ってきて、その結果、理科が極端に悪いとする。というより、事実、いつでも悪い。平均で45点ぐらいだ。38点、42点、48点、53点、65点の生徒に、「どうするんだ?!・・・」と訊くと、生徒の返事は数分考えた末、「習ったところを一から復習したいと思う」といった、ほんとに判で押したような答えが返ってくる。

 この「きれいな答え」、「抽象的な答え」の一歩中身に入ると、自分の取った点数に対し何ら反省も次なる対策も考えていないことがよくわかる。
 もう少しきちっと、自分のことは自分の力で何とか処理しなければならないという基本の気持ちと、どうすれば今よりたとえ一歩でも前進できるのかという心構えを抱いて勉強に臨まなければ、進歩はありませんね。

 優秀な生徒というものは、勉強の中身だけでなく、それを取り巻く情報の中から、いいもの、すぐれたものを取り入れて、自分の勉強に少しでも活かせる者を指すのは言うまでもない。

 長くなりましたので、残り二つはまた別の機会にでも。