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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§76 数学の力の限界について
<内申10は、405点?!> 

 今回は数学の力の限界について考えてみたいと思います。

 いつもは生徒の視点に立って、特に公立中学生のレベルに立って、その現実の勉強する姿から、問題分析と批判、そして対策、改善策、注意点等のアドバイスを出来るだけ述べて参りました。しかし今回は、前回のNO.74,75(中高6年間について)に続き、全体を俯瞰した立場で公立中学の数学なるものを、また生徒の数学の力の所在を探ってみたい、と思います。

 よって、生徒の尻を下から持ち上げる意見や対策ではなく、かなり辛辣な、倣岸な言い方になるかも知れませんが、それは、私自身が公立中・高出身であり、私立中・高生に負けない実力レベルと視野を、公立中学生と皆様に持ってもらいたい、またもっとレベルを上げた勉強をしてもらいたいと、強く願ってるからに他ならないことをご承知措きいただければ有難いです。

 数学という科目は他の4教科と異なって、どれほど一生懸命勉強しても努力だけでは乗り越えられない、どうしようもない壁というものがあります。それは厳然とあります。もちろんこれは、かなり高い壁のことであり、そこに至るまで何度も壁はあるのです。その一枚一枚を乗り越える、あるいは打ち破る努力をしていくのは当然ですね。
 ではその高い壁はどれほどかといえば、一応学力テストの偏差値でいうならば68でしょうか。
 
 この68というレベルは全国都道府県の公立高校のトップ高校(トップ高といっても偏差値60ぐらいから65、また68ぐらいまでと差はあると思うのですが、たとえば20校以上の中で1番手の高校をイメージしています)へ合格する力をさしています。わたしは常々生徒に言ってるのですが、習った基本をほぼすべて覚えていて、多少の応用問題はその習った基本を自分で活用することによって解く力を絶えず磨いているならば、十二分に65までは行く、と。

 そのあとの3アップは応用問題を解くテクニック、解法、ちょっと特殊なノウハウ(ここで少し宣伝、すみません。わたしの作成した問題集はこれをふんだんに取り入れてあります)を、理解し、暗記し、当て嵌める力を養えば、身につく領域です。その上に、上記の高い壁があるのです。かなり練った数学思考と直観力、怜悧な数学センスを要求される次元です。

 このレベルは教えてスンナリ身につくものではありません。生徒自身の中にその力のもととなるものが備わっていれば、抽き出したり伸ばしたりできますが、このような素質を持った生徒、即ち68を突破してその上の領域の数学問題に進める生徒はごくごく限られています。教えて20年あまり、そのような生徒はほんの数人です。

 教えて3年もすれば、確かに中3の後半には数学の偏差値が68や70に到達する生徒はそれなりに出てきます。本人の頑張った成果ですし、こちらとしてもとても嬉しいことです。でも、上で申し上げたこととは少しずれがあるんですね。つまり、専門的な目かも知れませんが、生徒に余力があるかどうか。まだまだ吸収し更に力を高めるか、これでつつ一杯か。更に厳しい表現で言えば、支えを取るとその能力は萎むか、自力でカバー、発展できるか、という問題です。
(これは私立中学に進んだ生徒についても同様に起こる現象でしょうが)

 このレベルは、学校の定期テストではわからないのです。何故なら、公立中学の場合、いいところ偏差値でいう60ぐらいまでしか問題に出されないからです。生徒が少し難しい応用が出たといっても、それはせいぜい60前後の問題に過ぎません。実力テストにしろ殆どの場合、習った範囲の基本の寄せ集めであり、数学的センスや思考力を試す問題の出題例は、まあ皆無に等しい。

 これで正確な数学の力を測れますか?―― 基本の力を見るにはいいでしょうけど、公立入試の応用問題を解く力や偏差値が68レベル前後の私立高校を受験するのなら、不十分どころかまったく信頼を置くことが出来ません。ですから数学だけは特に、その生徒の普段の学力とその裏にある持てる実力とは、厳然と区別した目を持って、視てるわけです。

 できるならば皆様も、そのあたりの視点を持つことも、時に必要ではないかと思います。

 わたしの場合、それは平生の学習の中でわかります。これは何の自慢でも誇張でもなく、むしろつらいことです。具体的にどういうことかというと、定期テストで数学の点数が92点とか95点を取る生徒がいますね。その生徒の多くが上記の65を超える応用問題を解く際になると、急にくもるといいますか蒙くなるのが現実の多くの姿です。手が動きません。問題の入り口で、まごまご戸惑っているのです。

 もちろんその前に例題というものを解いて、考え方とポイント、ノウハウを詳しく説明します。そしてその類題(特に関数や図形ですが)を解かせてみるわけですが、それを本当に吸収し、応用する力がどうも足りない、どうしようもなく不足してるのですね。高い壁です。でも繰り返し説明やヒントを出していくと、次第にわかって、できるようになります。偏差値でいうところの、あ
と3アップが可能なわけです。しかし、厳しい目で観れば、このあたりに限界を感じることも事実です。本当に数学の力がある生徒は、ひとつの説明、問題に切り込むノウハウを教えれば、あとはそれを自分のものとして、自力で突き抜けますから。

 ところで、もう一つの現実を書いてみます。普段見えてるようで、完全に見えていない現実です。それは、自分の周りしか見ていない、また見えていないということです。もう少し具体的にいうと、公立中学の環境が全てではないわけでしょう?! 同世代の優秀な生徒が私立の中学に進学してさらに猛勉強してるのを、いつの間にか忘れ、さらに視界の中に捉えていない。もし大学に進
むとしたら、彼らと6年後(中学1年から)に同じ土俵にのぼるというかぶつかるわけですね。

 数学だけにとどめていいますが、その私立に進学した生徒の多くは、上の偏差値が65から68にかかる問題を、殆どの場合、くもなく解くレベルにあるということははっきり言えます。何故なら小学時にそれと同質の問題を解いてしまってるわけで、それゆえ合格してるわけですから。いわばそれが最低線で、その上の本当に高い壁の問題(偏差値68以上)を自分のものにすることに、思考と努力を傾けているのが、「見えていない現実」の、一つのある姿といえます。

 Y=aX^2 ( 二乗の記号がかけないので、Xの二乗をX^2で代用します)の2次関数は中3で習いますが、<数学の力>は、<Y=5X^2の放物線>と感じが似ているかな、と最近つくづく思っています。内申で10段階評価とすると(県により、5段階のところも結構ありますが)、数学の成績のいい生徒は内申が8や9、あるいは10がつくわけです。普通というか真ん中ぐらいの生徒は、6か5ですね。その配分比率は10で3%(即ち、40クラスで1人)、9で4%(1人〜2人)、6で19%(8人)・・・(県により違います)となるわけですが、6と7の違いは何か? 1段階違うということはどういうイメージか? また、なかなか取れない10とは、どういう力なのか? 

 配分比率から見えないもう一つの数学の力を、あえて無理にイメージ化しますと、それは原点を通る正比例の直線ではなく、どうも放物線のような動きになるのです。図が描けないのが残念ですが、簡単なイメージですから頭で描いてください。横軸が内申の1から10で<X>、縦軸が数学の力で<Y>です。500点満点とします。( )内の数字です。(そのほうが較べやすいので)

△正比例: Y=50X 
 1(50)、2(100)、3(150)、4(200)、5(250)
 6(300)、7(350)、8(400)、9(450)、10(500)
★放物線: Y=5X^2
 1(5)、2(20)、3(45)、4(80)、5(125)
 6(180)、7(245)、8(325)、9(405)、10(500)

 上の正比例は、普段の定期テストに近い感覚といいますか、こんな感じで数学の力を大部分の生徒、父兄の方は見ておられるのではないでしょうか? 
 しかし実際の数学の力、実力、能力は、下の放物線に近い、と思うのです。更に、同年代の生徒全体を俯瞰するなら、つまり既述した私立中学に進学している生徒も抱合すると(これが正確な見方だと思いますが)、内申の10という評価はここではほぼ取れないことになり、全て1を引いた評価が、より正しい数学の力といえます。

 10の生徒は9で、その力は405くらいな感覚です。500とかなりの差があると思いませんか。405を超えたところの能力が学力偏差値でいうところの70から75に相当するわけです。9の生徒は8で、320です。では、まあまあ数学がよい生徒の8は上の放物線では7であり、245にすぎません。これは100点満点にすると49点で、大抵の人は首を傾げるというか、そんな筈はないと不信感を持たれる数値、と推察します。

 しかしこれは、塾で数学を教えていて公立中学生に感じる正常な(?)な感覚なのです。数学の内申が6で平均の生徒の力というものは、上の評価では5で125になり、なんと500の4分の1にすぎず、目には見えていないでしょうが、それほどに数学の力というものは差があるのです。言い換えれば、甘い勉強内容しか教えられず、また甘い勉強のしかたしかせず、そして甘い評価をされているのです。わたしも今ほどではない(つまり、公立でこんなにも学習量が少ない、またレベルダウンした勉強は当時はなかった)にしても、甘い環境の中にいた一人です。

「間違えた所は、子供たちが育つ可能性を秘めているポイントです。わかるまでヒントを出し続け、最後には必ず全員が100点の答案になるよう指導します。理解したら、次へ進む。・・・<中略>・・・子供たちの自主性を育てることに・・・」
 ネット上や塾の宣伝文句に載ってる文の代表例を書きましたが、わたしはこの甘い、内容のない言葉を見るととても疲れます。わたしの主張は180度違うところにあります。

 なぜ、今回、苦言を呈するような、耳あたりのよくないことを書いたかといえば、もっと自分とその周りの環境を厳しく捉えて、いまのレベルに止まらず、数学の力をワンランク上げて欲しいからです。学校の定期テストで仮に90何点か取ったとしても、それで公立入試の数学ができる保証は何もありません。またどこの県でも、上記のY=5X^2でいうところの400点を超える問題が、学校で行なわれている授業内容のレベルを、どういうわけかまったく無視される形で出題されるわけで(全体バランスで10%強ですが)、もしそれに対応したいのなら、なおさら自分のいまの勉強内容で満足すべきではない、と思うからです。