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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§71 ノートまとめについて  
<実力獲得の近道> 

 今回はノートまとめについて、考えてみたい。
 最近の生徒を観て、つくづく思うんですけどね、「ノートまとめ」が出来る生徒が殆どいません。それは成績がいい生徒でも同様です。と、いいますか、成績のいい生徒ですらできない、と言ったほうがいいかも知れません。

 ところで「ノート直し」という言葉もありますね。これは、ノートまとめより数段落ちる行為、つまり、あまり考えることもなく単純で簡単な学習作業ですが、間違った箇所を5回練習しなさいとか、わからなかった、解けなかった問題をもう一度ノートに書き写し、再度自分でやってみることを指します。

 私も宿題の中の一つとして、これをよく生徒に課します。なぜ課すのかといえば、‘多少は’進歩になるからです。一コマの授業で、例えば10教えたとしますね。もちろん中1の英語の一コマと中3の受験間際の英語の一コマでは、その内容密度、重さは雲泥の差があるわけですが、まあそれは置いといて、10すべてを授業で吸収できる生徒はまずいません。

 わかるように教えますから、生徒はその場ではわかります。また問題演習に入っても、まあ程度の差はあれ何とかこなします。(しかし、ここ最近、この初歩の段階でついて来られない生徒が増加しつつありますね。学力低下の顕著な例です) さて、これで授業内容がわかり、出来たとして、生徒は新しく習ったことの、どれくらい理解し覚えていると思われますか? 100人に1人いる
かいないかの、素晴らしくできる秀才は省かせてもらいます。残念ながら私は、そのような生徒を教えた経験がありません。

 平均的な生徒で70%ぐらい? 10の中の7ぐらいですか? それなら、うれしいですね。私の考えでは反対の、10の中の3ぐらいです。よくできる生徒で7でしょうか。3を5に、7を8につめる作業が宿題です。ですから、必ず宿題は出します。では、ノート直しの意味は? プラス1ですね。‘多少は’進歩になる、と書いたのは、そういうニュアンスです。

 じゃあ残りはどうなるの?という声が、微かですが聞こえてきそうですね。教えたなら、10すべて力をつけてよ、と。奈何せん、そんな薬は世の中ありませんね。それは長大でくねくね曲がったアマゾン川を、一本の直線の川に作り変えろ、というのに均しい話だ。その残りをつめる作業が、実は、生徒自身が家に立ち返って、「自分の頭」で当然しなければならない本当の勉強ですね。

 吁嗟でも、どれだけその具体的方法を言い、口酸っぱく教えても、守って実行する生徒は殆どいません。いても2,3週間すればいいほうで。御陰で、気が遠くなるくらい平凡な過ちを訂正し、ミスを指摘し、覚える方法を繰り返す。勉強って、単純な基本(応用ではありませんよ)をこれほど繰り返さなければならないものか、もうお願いだからそんなことぐらい自分でしろよ、と思ってしまう。

 しかし現実。この途方もない作業でプラス1なんです。ここで整理してみますと、次のようになる。
 普通の成績の生徒(偏差値50前後):
        3(授業吸収力)+2(宿題効果)+1(反復指導)=6(学力)
 よくできる(?)生徒(偏差値63以上):
        7(授業吸収力)+1(宿題効果)+1(反復指導)=9(学力)
 現実はもっと複雑ですが、無理に単純比較するとこんなイメージでしょうか。

 これは束の間の定期テストの成績ではありませんよ。生徒の「力の所在」です。そしてさらに厳しく評価すれば、またせざるを得ないのですが、実力とは、習った内容の集合と考えるなら、忘れますからね、実際はこれに0.9をかけた数字になります。つまり、普通の成績の生徒で、5.4。よくできる生徒で8.1でしょうか。

 そんなもんです。この数値をどう捉えるかですが、宿題もない、反復指導もしない塾なんて、一杯あると思いますよ。また、最初の指導が拙い、教え方が下手な学校の先生も塾の講師も恐ろしいほどに結構いるわけで、上記の3つの合計の学力が3なら、×0.9で2.7になる。これは塾に行っててもさっぱり効果がないね、という生徒を指しています。見極めは難しいでしょうが3とか4なら、本人の姿勢はもちろんのこと周りの環境、諸条件も考え直さなければならないかも知れませんね。

 そして本題。「ノートまとめ」について。もしこれができるのなら、塾なんて行く必要はない、と思うけどね。学校の勉強と、良質な問題集、そしてノートまとめに依る自己学習。これで十分、中学の勉強なんてやっていけます。まあそれに付け足すとすれば、ある程度の情報と学力チェックの手段があればいい。

(但し、2002年からの新指導要領による3割減の学習内容では、公立中学、そして公立高校そのものの地盤沈下はやむを得ないわけで、今以上に私学との格差は拡がり、大学入試への十分な知識を習得する可能性が、本人の意志に関係なく極めて低くなることは容易に予測されますね。これは極めて憂慮すべき事態で、その影響にどっぷり浸らない為にも、自己防衛がどうしても必要で、学校の授業範囲に留まらない学習をしてゆかねばならないと思いますが。)

 まあここでは上記の話は、方向がずれるので止めておくとして、ノートまとめという勉強法は、もしそのやり方が適切ならば、極めて学力定着に有効な手段だと、断言できます。これは幾多の先人達がやって来たことですし、私も何とかその端くれの一人でした。

 ノートまとめ、というのは、自分の頭で考える作業なんです。わかってることを整理し、またそれ以上に、まだほんとうにはわかっていないぞ、ということの確認なんです。習ってわかったことを、もう一度自分の言葉で整理し直してみる。大切な箇所、ポイントをよく考え、文字や図、表で書き表してみる。これは、覚えこむ作業になります。深い暗記に繋がります。

 そしてまた、習ってもう一つわかっていない、あやふやな知識、中途半端な理解に対し、自分の頭でもう一度考える機会になります。(そこでもわからないことは先生に訊けばいい。わたしはその前に、徹底して参考書、教科書、ノートにあたり、出来る限り一人で解決しましたが。でも、高校の勉強はこれでは手に負えないことが出てきて、職員室にしばしば通いましたが)
 
「ノートまとめ」を生徒に課すと、とてもきれいに書くんですね。これは女の子に多いケースです。でもね、その作業を塾なんかで観ると、考えていないんですね。“ノート写し”をしているのです。書く手が止まらない。考え込んでる相貌をまったくしていない。大切な箇所には色を変え、線を引きますが、それはあくまで形式的。すぐ次の問題に移ります。

 違う、違う、そうじゃないんだ! こうするんだと、指導はしますがね、ほんとうにわかる生徒は数少ない。表面的です。ノートまとめの前に理解しておくことは基本なんですが、する中で理解が深まることは結構あります。見えてなかったことが見えて来ることもあります。

 もう一度書きますが、「ノートまとめ」は“ノート写し”ではないんです。この学習法は束の間の気紛れでやるんではないので、継続が必要です。持続する学習法は、できるだけ手抜き(?)をしなければ持ちません。理解とともに覚えること、覚え切ることが主体なわけで、出来うる限り本質に迫らなければなりません。即ち、余分な贅肉は取り去ることです。

 5教科のノートまとめは、自ずと違って当然ですが、例えば、理科の気体の集め方で、水上置換はよく出るとして、簡単な上方置換の図が浮かびますか? そしてすぐに、アンモニアだ、と脳裏に閃くでしょうか。そんな図は手書きで書くから覚え切れるわけで、また本質(?)に迫る問題は、アンモニア、という非常に水に溶けやすく空気より軽い気体、にあるということが、ノートまとめの中で、具現化されなければならない。

 と同時に、その問題関連として、フラスコの内部が赤く染まる、つまりアルカリ性だから、フェノール・フタレイン液が赤く反応する、といった定番問題も取り入れる。わたしは理科の専門家ではないので説明に不備があるかも知れませんが、これくらいの基本は今でも記憶している。

 例えば数学なんかでも、図形問題で説明がだらだら詳しく長い場合でも、本質は図形の絵にあるわけで、贅肉を落とし本質に迫るということは、図形を手書きで書く、それも受験のことを想定するなら、ものさしを使ってきちんと書くのではなく、フリーハンドですばやく丁寧に書ける訓練を普段より積んでいなければなりません。そして、条件たる文は必要な数値、問題内容がわかる部
分だけを抜粋して適当に書く。

 この作業の中に、ポイントを見つめ、考え、かつ記憶する要素が殆ど含まれていると思いますが、どうでしょうか? 3冊の問題集をするよりは、塾で10回も同じポイントを教わるより(ああ、それぐらい言わないと生徒の頭に染み込まない)は、はるかに深く脳裏と身体に沁みこむ。即ち、実力獲得の近道は、十分な問題演習のほかに、このノートまとめにあると思います。