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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§52 パソコンを使った学習について
<自己管理が大変。問題は継続ですから> 
 
 今回、パソコンを使った学習について考えてみたいと思います。
 けれど現在のところ、これについてはっきりした定見を持ってるわけでもありません。昔からあった通信添削の、現在風にアレンジした新しいスタイルにあたるのかな、といった感覚を抱いているくらいです。

 規模の大小に関係なくパソコン学習に取り組むサイトは、既に数多く見受けられるし、その目新しさと利便性をもとに、パソコン人口のますますの増加と相俟って、今後右上がりで伸びていくことは容易に想像されます。

 しかし、その現状というか実態はどこまで進んでいるのか、統計的数値でどれくらいの利用者がいるのか、といった情報が、不勉強ながら見えて来ないのし、掴みようがない。ましてや、その効果、有用性についての結果は、まだ知り得る段階にはない。つまり、見える実績がない段階。

 「2・6・2の法則」というものがあって、まあ、きわめて大雑把の法則、一つの目安ですが、2(出来てる)・6(普通)・2(不可)と見てください。これでパソコン学習を測ると、2(効果あり)・6(殆ど効果ない)・2(まったく効果ない)に分類されるような気がする。

 その根拠は後回しにして、一般的にパソコンを使って勉強したときの、メリットを少し書いてみましょう。

・塾や家庭教師と較べて、自分の時間に合わせ、やりたい時に自由に勉強でき
 るのが大きな魅力。
・学習スケジュール、進め方が柔軟に変更でき、生徒個人の理解とスピードで
 勉強できる。
・自立学習への最適な方法である。
・ゲームなども中に含まれ楽しく勉強できる、またゲームを繰り返しやってい
 ると、知らないうちに覚える。
・パソコン学習という目新しさが、勉強への新たな動機を生み出し、テレビや
 ファミコンを見たり、動かしたりする感覚で取り組めるので、学習しやすい。

 まあ、こういった感じでしょうか。またその宣伝内容、説明には、内容と要点がとてもわかり易くて勉強しやすいとか、解説が丁寧とか、英語のヒアリングも外人の先生の生の声が聞けて上達するとか、1週間に2,3回、1日に30分、また1時間で出来る、と書いています。

 そして、利用者、保護者の声として、「・・・、これなら楽しく勉強できそう!」「勉強しやすく、楽しくなった」「試験対策もばっちりでき、○○テストではすごく役にたったor点数も上がった」「子供がパソコンに向かい、楽しそうに勉強している姿を見ていると、やらせてよかったと思う」「子供が自主的に勉強に向かうようになり、英語に目を輝かせて取り組む等、学習の楽しさに目覚めたようになりました」などが載せられています。

 そこでは学習の楽しみが謳われ、子供の自主性に目を細める親の姿があり、理想的な学習のスタイルが喧伝されている。これをどう捉えるかは、人それぞれの判断であり、またパソコン学習をする動機も生徒自身、保護者の方によってさまざまでしょう。

 これはほんの一例ですが、例えば塾に行きたいのだけど、環境的に、この町(村)には近くにそんなのないよ、という人もおられるでしょうし、塾そのものがどうも合わない生徒もいるでしょうし、自分の力で勉強したいという生徒もいる。また、勉強が嫌いでその習慣がない、何らかのきっかけにでもなればいい、と考えて取り組まれた保護者の方もいるのではと推測されます。その他、いろいろな動機があると思います。

 しかし、その目的が成績向上にあるのなら(大部分はそうでしょうが)、塾に通う場合も、家庭教師を捜す場合もそうなのですが、その宣伝文句や内容にあまり躍らされないように、注意が必要かと思います。注意は何か、といえば、失敗すること、に対してです。失敗してもそこに何らかの意味と次への反省が見出せれば、価値があると思うのですが、徒に失敗するだけではあまり意味がない。

 そのあまり意味がないことが、世の中に、実はとても多いでしょう?! 教育の場面でも同じです。これではちょっと差し支えがある表現ですね。言い換えましょう、勉強する場面でも同じです。塾に行ったが一向に成績が上がらない、家庭教師に附いて弱い科目を勉強したけどさっぱり効果なし。その意味がない原因がどこにあるのか? 他者か、自分か? それとも両方にあるのか?

 もっと具体的に、現実的に、小さな小さな場面で例を書きますと。
 中3の塾での学力テストの時でした。ある生徒の理科の答案を見るとはなしに見ました。解答用紙の中の、一つの簡単な語句が目に留まりました。「師管」と書いていました。他の生徒の答案を見て回ると、「道管」と書いてる者が多い。わからなくて無記入の生徒もいる。

 一体どっちなんだ?と問題用紙を見ると、根から水分を運ぶ管とは何か、という問題で、そんなの理科が専門指導でないわたしでも知っている。答えは「道管」で、「師管」は葉で作られた養分を逆に運ぶ管なわけで、その生徒の解答は間違ってる。恐らく習った当初は、こんな簡単な基礎問題は定期テストでは当然できたであろう易しい問題だ。

 しかし、時間が経ち、学力テストの段階で忘れたのか、勘違いしたのか、とにかく間違って小さな失敗をした。テスト後、解答を必ずチェックさせ、見直しをさせる。その生徒も自分の誤りに気付いた筈だ、と思っていた。そして約半年後、また同じ問題が不思議なことに出ているのだ。その問題を偶然目にしたわたしは、例の生徒の解答を念の為に見たのだけど、驚いた。試験だから注意するわけにもいかないのだが、それにしても開いた口が塞がらない。また、間違っている。

 徒に失敗するだけではあまり意味がない、と書きましたが、この生徒は前回の失敗を何ら活かしていない。この些細で小さな失敗から何を学んだというのか? 復習も、反省もしていない、ということになる。「その意味がない原因がどこにあるのか? 他者か、自分か?」とも書きました。明らかにこの場合、自分でしょう。確かにその生徒の理科の学力はよくない。それにしてもひどい。
 
 こういったことは稀に起こることではなく、大勢の生徒が普段の学習の中で頻繁に起こしてるわけですが、またそれを逐一修正、指摘、ミスをするさまざまな要因を減らすべく努力・指導していくわけで、学習とは、新たなものを学び、吸収することよりも、その後の誤りやミス、忘れることへのさまざまな対処に、力とエネルギーを費やすことのほうが、実は圧倒的に多い、という現実を見落としはならない。

 このことが実は、作り手である問題集出版社やCDロム編集者の頭に抜けている、或いは認識されていないことが殆どなのですが、それは別の機会に論じるとして、今は利用者の立場、状況にのみ絞り込みたい。   

 もう一度繰り返しますが、中学段階での学習とは、まず新しいことを学び、それを理解し、わかりにくいところはよく考え、そしてしっかり覚えることにある。

 パソコンで自分で学習する場合、自分の時間に合わせ、やりたい時に自由に勉強できるのが大きな魅力な反面、自己管理が大変。問題は継続ですから。そしてそれ以上に厳しいと思われるのは、上で生徒の一つの例で書きましたように、学んだ後の問題ですね。これについては数学、英語、他、さまざまなとこで指摘して詳しく述べてますから省きますが、簡単にいってまだ半分しか勉強していない、ということを、よく自覚して進めて欲しいと思う。

 そのあたりの見識が、最初に書きました保護者や生徒の感想を見ていると欠如しているように思われますし、また大事な部分の学習が、即ちミスをする、間違う、忘れる、といった後半の深刻な学習を進めるノウハウがないように思える。その観点に立つと、パソコン学習を測るに、「2(効果あり)・6(殆ど効果ない)・2(まったく効果ない)」に分類されるような気がするわけです。

 これは何もパソコン学習だけのことではなく、塾に通っていても、家庭教師に附いて勉強してる場合にも大なり小なり当て嵌まる事で、否定的に見ているわけではありません。ただ便利な反面、生徒の力量に負うところが多くなるのも事実ですね。