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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§379 間違いの原因についての認識
<認識面でのズレ>

「とにかくどれも簡単な計算ミスや単語のつづりが間違っているとか、そういう基本的なミスが多い子です。暗記できていないものは勉強不足としてとらえることが出来ますが・・・・。これにはどうしようもなく困っております。」

 こうした悩みの声は、一般にとても多いことでしょうし、またわたしのところにも時折寄せられます。

 しかしこの種の問題点は、困っているのは親なのか生徒自身なのか、もちろん生徒自身でなければなんともならないわけですが、困っていることをほんとうにどれだけ本人が自覚し、真剣に向き合って直そうとしているのか、その状況と努力の姿がよく見えなければ、多少のアドバイスなんてたいてい徒労に終わることになります。

 また現実、こうした感慨や見解をもつのは、テストが返されてきて予想に反した点数とその結果をみてからになる場合が多く、そして、たんに一時的な印象と反省になっているケースが多いのではありませんか? 間違いの原因をしっかりみつめ追求することもなく、改善する策を自分で具体的にみつけ実践することもなく、ずるずると問題点を抱えたまま過ぎ去ってしまう。それゆえ、次にも必然として同じような問題で、いやまったく同じ問題でも、同じ個所の間違いをいとも平然とくり返してしまう。
 
 これではイカンわけですが、ではどうしてゆけばいいかという前に、生徒も親も、まずよく認識しておかねばならないことがちょっとありますね。もちろんすでによくわかっておられる親御さんも大勢おられますし、またわたしのHP上の学習のしかたを相当お読みいただいている方にとっては、何度もくたびれるほどに言及していますので知悉のことかと思いますが、そうでない場合、はっきりと認識の焦点があっていないと、どうしてゆけばいいかもヘチマもないので再度ご指摘したいと思います。

「とにかくどれも簡単な計算ミスや単語のつづりが間違っているとか、そうい う基本的なミスが多い」という認識。

 ミスなんてものは、「基本的なミス以外」に、いったいなにがあるんでしょうか? 基本の対義語はありませんので、応用的なミスなんて言葉もないわけですが、ミスとは、基本段階、基本的な作業のなかにこそある、とまずしっかり認識しておくべきかと思います。つまり、基本的な、簡単なミスというのは、ミスそのものであり、人間の犯すミスの大半、95%以上を占めるんではないですか?

「基本的」とか「簡単な」とかミスに修飾語句をつけて、なにかほかに余裕の力があるなんて捉える認識、もっと注意していれば簡単なミスは防げて点数ももっといいのがとれたなんて思いは、テストを受ければほぼ誰もが抱くものですが、問題はその多寡と程度にあります。そして、そのテストの内容と質にあります。

 すくなくとも、範囲も限られ問題レベルも「基本的」なもので形成された公立中学の定期テストで、簡単な計算ミスや単語のつづりを間違うなんてレベルのミスは、あきらかにそれだけの力しかなく、それ以上でもそれ以下でもない力だと、まず客観的に認識しておくことが大事でしょう。

 現にほとんどミスをしないでテストでいい点数がとれている生徒もいるわけで、その差はいったい何なのか、どう改めるべきなのかを、具体的に考えるべきでしょう。そうでないと、この差はいつまで経っても縮まりません。

 ふだんしっかり理解し、よくわかってできていたことが、たとえば数学のテストでは、簡単な計算ミスをしてしまい・・・、とか、英語のテストでは、うっかり3単現のsをつけ忘れたとか単語のつづりを間違えたとか、こうした基本的で簡単なミスは、テストそのものが、基本的知識とその学習能力を確認するものであるがゆえ、大目にみることができない、力不足の、重大なミスであるといえるのではないですか?

(なぜこのようなキビしい指摘をするかといえば、この醒めた認識をもっていないととても生徒の頑迷なミスは直せないわけで、かりに定期テストなどでいい点数がとれたとしても、実力テストや学力評価テストともなると、必ずといっていいほど大きく足を引っ張る要因のひとつになるからです。)

 また「暗記できていないものは勉強不足としてとらえることが出来ますが」と書かれていますが、では暗記できているものはテストでは間違わず、すべて完全無欠にできるかといえばそうでもなく、そのなかにも上記の基本的なミスが出てくることがありますね。

 ことはニ者択一ではなく、生徒のミスの実態はもっと複雑で、曖昧にみえるものが重なり合ってできているものですが、複雑な視点はさておき、認識の上で大きく押さえておきたいことが、さらにもうひとつあります。

 それは、簡単な計算ミスや単語のつづりの間違いといった基本的ミスは、なにもテストのときに起こるものではない、常日頃から絶えず起こっている、ということです。「そこがいったいどうなっているのか、どうしているのか?」が、基本的で簡単なミスをする生徒の問題点の急所でしょう。

 テスト結果をみて基本的なミスが多い、困ったものだ、ではなく、困ったなは、毎日毎日の勉強のなかにたっぷり存在しているのです。そして困ったことをしていることを当人は、それこそ困ったことに、また驚くべきことに、ほとんど自覚or認識していないケースがはなはだ多いのです。これこそが、ほんとうに困った正体であります。

 それはちょっと言いすぎであろう、ちゃんと言えば当人はわかり、きづくであろう、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、それならなぜ、学校でも指導され塾でも指導され、くわしく説明され、注意と指摘がされ、困ったことが自分で直せていないのか?!でありますね。

 困ったことが自分で直せていない理由は、簡単にいってしまえば、ふたつです。実際には想像しているほど学校でも塾でもよく注意と指摘がされていないということ、そしてもうひとつは、くどいようですが再度書きますが、生徒本人の自覚と真剣に直そうという気持ちが決定的に足りないからです。現実の多くは、このふたつが混じり合っています。

「とにかくどれも簡単な計算ミスや単語のつづりが間違っているとか、そういう基本的なミスが多い。暗記できていないものは勉強不足としてとらえることが出来ますが・・・・。」

 英単語のつづりが間違っているなどは、暗記がまだ不完全なだけで、勉強不足そのものでしょう。この生徒は塾にも通って勉強もしているみたいですが、地道な英単語の暗記の練習をどれだけしているのか、いや、じゅうぶんしていないのが軽く想像できますが、覚えたつもりでいてもテストで間違うのは結局ふだんの勉強量がまだたりていないんです。ですから、まず足りるまで勉強すれば、と思います。そしてふだんの学習のなかで、間違った原因の追及とその直しが中途半端、不完全なのです。この点も大いに直してゆかねばなりません。簡単な計算ミスも、同様でしょう。

 これらの具体的な勉強の進め方や作業は各科目、いままでに厭きるほど述べていますし、HPでも公開していますのでここでは省きます。今回はあくまで困ったことをどうとらえるか、その認識面でのズレについて書いてみました。