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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§35 面談の捉え方について
<その情報は本物か?!>

 塾の面談というのはその内容が勉強のことが中心だから、というよりそれがすべてだから、とても疲れるんです。学校の先生と違って、クラブのこと友達のことその他もろもろ、勉強以外の話題を話したり聞いたりまた世間話をしたりするわけではないので、まあ当然といえば当然なんですが、その中心が勉強、それも実力のつき方、成績アップ、勉強のしかたに関することが多いわけです。

 成績がいい生徒にもそれなりの問題、課題、実力を更に磨く要素というものがありまして、また学校での5教科の評価と塾などで行なわれる学力評価との喰い違いにも言及したり、プラスαの助言なども行ないます。この生徒らと成績がまあ順調に伸びてる生徒については、そのいい点反省すべき点など織り交ぜながら、今後の学習のしかた、注意点を説明したり、ここの生徒の実情に合ったアドバイスを出来る限り丁寧にしたりします。

 これが成績のよくない生徒、学力の伸長が今ひとつ芳しくない生徒については、その原因をくどくど説明、再確認し(こんなことは普段の学習の場面で、具体的に何度も何度も注意、指摘してますが)、どうすりゃあもう少し成績が上がるのか、その生徒に合った改善点、反省材料を具体的に並べ挙げ、しかしあまりに多いと印象が薄くなり、結果覚えていないことになりかねないので、ポイントを強調しながら丁寧に(?)、根気よく説明するのです。

 まあどちらの場合も、丁寧といってもその内容は辛辣なこと、厳しいことをどんどん言いますし、出来もしない抽象的なアドバイス、理想的なこと、その場限りの奇麗事などは、私自身の性分もありますが、殆ど言いません。

 よくあることですが今回も、ある中3生の学校での懇談内容で、担任から、
「読解力が足りないので、この夏、本を読むこと。そして2学期になるともっと難しくなるから、思考力を磨く訓練が必要かな」と、言われたらしい。

 これがその生徒に対する適切なアドバイスか?! もう胆のなかはむかっ腹がたって仕様がない。思考力を磨く訓練が必要かな、には笑えるが、中3の夏にもなって読書を勧めるか?! 私も切々と中1、2生には、読書の有用性と大切さを説き、またかなりこころくだいて指導もするが、中3にもなって、ましてや夏休みを迎える段階になると、それが出来ない、出来なかった者には、
はっきり諦める。もう、遅いんですよ、読解力向上云々は!

 因みにその生徒のレベルは偏差値で48ぐらい。塾生の中でも一番低いんだけど、中1のスタート時には35,6ぐらいだった。よくもまあ、ここまで来たものだと、我ながら感心する。生徒が先生を見るには1週間かそこらでわかるが、先生から生徒を観るには少なくとも3ヶ月ぐらいはかかる。この生徒教えて教えて2年あまり、根は真面目だがその挙措と言動に措いてやや杜撰なところ、有言不実行な面が半分ぐらいはある(因みに私の場合は、20%ほどあるのかな、あまりえらそうなことは言えないのだが。ただ勉強だけは不言実行を旨としてきたが・・)。

 例えば英語の出来は中間も期末も同じ68点。私は静かに判断した。これが本人の限界点だということを。恐らく塾で勉強しなかったら、今頃は50点も危ぶまれるところの力である。本人なりに頑張ってるのだ。ただ、お母さんにも本人にも、75点を目指すこと――その具体的作業は日々の勉強の中にあるので、そのやり方の拙さ、だらしないところ、中途半端な箇所を逐一述べ、反省、改善することを強くアドバイス、指導した。

 その他、数学、理科、社会について、ほんの少し具体的なことを言うに止め、国語については何も言わなかった。
 常々思ってることなんだけど、「中学校で行なわれる懇談なんていい加減でいいんじゃないの?!」と思う。随分荒っぽい言い方で、取りようによってはおおいに誤解を招く表現だけど、本音を言わせてもらえばそうなる。

 じゃあ、塾の懇談を信用したほうがよい、といってるのでは決してありません。「いい加減」、という言葉は否定的に使われることが多いが、気持ち的にはその意味も含んでるのだけど、少し補足すれば「ほどほど」くらいのニュアンスか。なぜ、こんなことを言うのか、ですが、意外と学校の先生の言は重いからです。影響力があるからです。そしてそのまま、よくも考えもしないで、
鵜呑みにするというか、信用される母親が多いからです。

 この事例を挙げればほんと切りがないのですが、既述した上記のほか、数例を想いだすまま書き出してみますと――

 これは小学校から中学になる時点で多いのですが、
「勉強については何も心配要りません、よくわかっています」と、小学時に担任の先生から言われ、本人ばかりでなく母親もそう思っていたのが、入塾テストの結果が算数42点、国語38点などはざらにあるのです。テスト内容は基本ばかりで応用レベルの出題はありません。上の言では、70点以上はとってもらいたいなあ、と考えるのですが、いい加減だなあ・・・

 中学1、2年生の場合は特に勉強面で遅れてるというか、しっかり学習していかないといけない生徒については、先生の方もそれなりに本人、父兄の方に注意やアドバイスを送るだろうけど、それ以外の生徒についてはほとんど勉強に関しては触れないことが多く、また言ったとしても、「今のままで公立については大丈夫です」とか「夏休みには弱いところを復習しましょう」みたいな、
曖昧で漠然とした言葉が多く、またよく考えてみると内容のない表現、定型的なアドバイスが多いのではないでしょうか?!

 別段それでもかまわないというか、いい加減でも許されるというか、はたまた生徒の学力の問題点を分析できないというか・・・ 中1、2年のときはこんなものでもいいのかも知れないが、それなら面談の意味はどこにあるのか?ともつい考えてしまうが。

 中3になると面談の中身は、高校受験に絡むからその重要性はいうまでもありませんね。ただ最初に言っておきますと、「振り回されてはいけない!」と強く思うのです。

 もう10数年以上の前の話ですが、公立準トップ高(クラスで1,2,3番の生徒が受ける高校)に、塾生(13人ぐらいの中)の男子3人が受けたのですが1人合格するも2人不合格という惨敗を喫したのです。今のように内申は公表されるわけではなく、あくまで実力のみの判断でした。3人とも私立はハイレベルな高校に受かっていたわけですが、責任は痛感しました。(二人の自宅に深夜お詫びに行ったことを覚えています)

 二人のうち一人は、学校の評価も良いようで(内申はわかりません)、先生からも、「ほぼ大丈夫」と言われてました。もう一人の生徒は実力は一番ありましたが、結果からいうと内申が予想以上に悪かったのだと思います。ついでに申しますとこの生徒は、有名私立大に現役で合格しましたが。

 次に私の愚息の例(あまり書きたくはないのですが)を。まあ一応公立トップ高を受験したわけですが、見事失敗しました。ちょうど公立入試の合格判定の基準と内申の評価が、従来とがらり変更になった年だったのですが、学校の先生の話では、「まあ大丈夫、入試点も〇〇点以上取ればOK」との話。ところが、他校からの受験生の話を聞くと内申点で30点以上差があったらしい。入試の方は自己判定で、〇〇点以上は取れたとのこと。内申点のハンデは上位高では致命的です。姉の方は何とか入れたのですが、実力は弟の方が上と判断してる。まあ、良くある話ですが・・・

 これまた序でにその後の状況を記しておきますと、1時間半かかる私立高に行くことになり、理数の特進クラスで更にトップのクラスに入ったのはいいものの、現在某国立大学を目指し、一浪中の身です。

 次に、逆のケース。
 現在では殆どの生徒が公立を受ける場合、私立高との併願をするのが普通ですが、公立高校のレベルに見合った私立高を受験するのはご存知の通り。いわゆる、滑り止めですね。この私立高をどこにするか、というのも一つのポイントなんですが、簡単にいって、もし万一公立が不合格になると私立に行くわけですから、その生徒の能力に見合った私立高校を受験することを、私は勧めるわけです。

 万が一公立がダメなら、この高校なら行ってもいいかな、という私立高校を合格しておきたい。ところが往々にして、本人の実力とかけ離れた私立高を中学校の面談で勧められるケースがあるのですね。ワンランク下ならまだわかるんだけど、中に何を考えてるのか(或いはさっぱり、本人の本当の実力を把握していないのか)、ツーランク下の私立高を薦める先生もいるのです。こんな指導なら、寝てても出来ますよ。

 生徒はえらいショックを受ける。自分はこんな力しかないのかな?・・と。本人とお母さんに、そんなことはない、大丈夫、最初の志望通りの私立高を受けなさい、と説得したり宥めたり、一苦労(因みに、この指導で間違ったことは過去に例がないのですが)。これって、少なくありませんので心に留めていて下さい。いい加減な、と思ってしまいます。
 
 最近の事例で一つ。A 君は最終偏差値65(数・理が強い)。ただ内申がもう一つ良くない。公立のM 高(偏差値60)を目指していた。が、学校の先生の私立高アドバイスは、ツーランク下S 高ならいいと思うとのこと。S 高は偏差値55ぐらいで、そこを通っても(合格するのは当たり前ではないか!)M 高を受けれるという保証はない。むしろ公立のK 高(偏差値54)になる可能性
大だ。私は本人と両親によくよく相談し、私立のKO 高(偏差値65)を受験することを勧め、また納得してくれ挑戦した。

 結果はKO 高に見事合格、そして内申のハンデをはね返し、志望のM 高にも合格することが出来た。
 
 情報というものは一概に多ければいいというものではありません。要はどれを取捨選択し、信用するか、またそれに賭けてみるかは、あなた自身の責任と判断です。ただ盲目的に(?)というか、人の判断に頼った姿勢で、一つの情報である学校の先生の言だけを、安易に信じてしまうのは如何なものか?!と、思います。その中には、いい加減なことも多いですよ、ということを予め識っておくのも何かの役に立つかと思い、書きました。

 以上のことは、私の20年近くの塾指導の経験と知恵から述べた一つの情報ですが、公立高入試は全国の都道府県によってその選抜方式も様々で、また学校の先生も様々で、部分のことを全体に推し量って一概にこうだと、決めつけるものではありません。ただ本質的なことはあまり変わらないように思いますが。