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§85 復習の意味
<そんな勉強のしかたでは、君の実力はたいして上がらない>
さて今回は、最も大切な、学習の中の核心部分、についてお話したいと思います。こういう見栄をきった言い方を最初からすると、碌な結末にならないかも知れませんが、まあそれを承知で、論を進めてゆきます。
どうもですね、いつも気にかかるといいますか、教えたあとに、釈然としない、不透明なものが残ることがあるんですね。それは、生徒は果たしてわかったのかな?という疑念と不安、そしてものたりなさです。
わたしの尊崇する宮城谷昌光の著書『子産』のなかに、こういう言葉があります。
――知ろうとしている者がいう、知らぬ、と、知ろうとしていない者がいう、知らぬ、とは違う。――
知らぬ、から、教えるわけですが、その知らぬ、の姿勢に流れている空気は、わかることはわかる、わからないことはわからない、という、いたってシンプルなもので、わからないことを何としてもわかろうとする気迫と熱意が伝わってくることは、成績の良し悪しに関係なく皆無に近いのが、いまの生徒の一つの特徴、姿といえるだろうか。また、もひとつわるいことに、知ろうとしていない姿勢の生徒の数が以前より増えてきたことは、嘆かわしいの一語。
ここで私なりに言葉を少し定義したいが、「知る」と「わかる」は違いますね。「知る」は、「わかる」より意思が強い、能動的な言葉ですね。反対に、その否定語となる、「知らない」と「わからない」では、「わからない」のほうが意思が働いており、「知らない」のその場に止まっている言葉より動いている。つまり、「知る」の絶対値は、「わかる」より大きい。
数直線的に書くとイメージが掴めそうだ。
「知らない」―「わからない」― 0 ―「わかる」―「知る」
教えるとは、「知らない」ことを「わかる」まで導くことであり、「知る」は、本人でしか獲得できない領域だということ。ものごとを「知れば」、忘れることはまずないし、他に当て嵌めることも出来る。しかし、その手前の「わかる」は、時が経てば多いに忘れるし、他への応用ももちろん利かない。
もう一度、書きます。「わかる」から「知る」のその間の道程は、本人が歩むものであり(しかし、わかっとらんね)、他人の預かり知らぬ領域なんです。これが学習の核心部分でしょう。それをどう埋めるかは、あくまで本人次第だと思います。
英語でも数学でもまた他の教科でも同様ですが、ここは一つ数学の例題を出して、上のことを具体的に検証、反芻してみたい。
(問題コピー用)
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<問題> ―公立高校過去問(連立方程式)―
A校の生徒数は、1008人で、これはB校の生徒数の75%にあたる。また、A校
の男子生徒数とB校の男子生徒数の比は2:3であり、A校の女子生徒数はB校の
女子生徒数の1.2倍である。これをもとにして、次に各問いに答えよ。
(1) B校の生徒数を求めよ。
(2) A校の男子生徒数を、方程式を作って求めよ。
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これは中2の連立方程式の文章題です。いい問題です。公立の過去問ですが、レベルは偏差値60少々といったところでしょうか。うん? そんなに高くない、とお思いでしょうが、では、時間があれば生徒に挑戦させてみてください。私の予測では、いまの公立中学生では10人に1人ぐらいしか解けない(?)と思います。
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<解答>
A校の生徒数は、1008人で、これはB校の生徒数の75%にあたる。また、A校
の男子生徒数とB校の男子生徒数の比は2:3であり、A校の女子生徒数はB校の
女子生徒数の1.2倍である。これをもとにして、次に各問いに答えよ。
(1) B校の生徒数を求めよ。
B校の生徒数をa人とすると、a×0.75=1008
より、a=1008÷0.75=1344
(答え) 1344人
(2) A校の男子生徒数を、方程式を作って求めよ。
※ B校の男子生徒数をX人、 B校の女子生徒数をY人とする。
A校の男子生徒数とB校の男子生徒数の比は2:3より、A校の男子生徒数をb人
とすると、 b:X=2:3 よってb=2/3X で表せるから、
2/3X+1.2Y=1008…(1) , X+Y=1344…(2)
この2本の方程式を解くと、
X=1134 (A校の男子生徒数を求めるのだから、Y
はとくに求める必要はない)
A校の男子生徒数は、X(B校の男子生徒数)の2/3より、1134×2/3=756
(答え)
756人
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ご参考に生徒がどこでトラブルのか、またその間違いやわからない問題点を列挙してみます。
1.(1)の段階で、はや驚くことに、出来ない生徒が半数近くいます。その内わ
けは3つに別れるか。
・問題読めばわかる通り「割合」の文章題ですね。このわずか3行ほどの日本
文が読み取れない、国語力の貧弱な生徒は、問題解く以前にギブ・アップ。
・小学校の5年レベルの「割合」が、身についていない。つまり、もとになる
量(全体とする量・1とする量)×割合=較べる量、の区別が出来ないし、当
て嵌めることも出来ない。中1の方程式でも出てくるが、訓練してもその場
限り、ほんとうには自分に頭に沁み込んでいないのだろう。
だから、a×0.75=1008(a を使わなくとも、1008÷0.75でいいのだが)の式
が作れない。
・1008÷0.75=1344の段階で、計算にまごつき、時間がかかり、結果正答を出
せない生徒が目立つ。この「小数計算の能力」がとみに低下している。もち
ろん分数計算もいれ、全体に計算力の低下が甚だしい。
2.さて(2)の段階。当然、(1)が出来なければ、(2)に進めない。(1)が難なく出
来たとして、ここでの生徒の状況は、2つの壁にぶち当たり、また1つのケア
レスミスが出てくる。
その壁の1つ、立式が出来ない!
・求めるのはA校の男子生徒数(だけ!)だが、問題を注意深く読むと(これ
が出来ないね)、もとになる量、基本になっているのは、B校の生徒。それは、
次の2点。「A校の生徒数は、1008人で、これはB校の生徒数の75%にあたる。」
「A校の女子生徒数はB校の女子生徒数の1.2倍である。」
<AはBの2倍。〜は「・・の」何倍。「・・の」が、もとの量、ですね。>
よって、これに気付き、※ B校の男子生徒数をX人、
B校の女子生徒数をY人
としなければ、立式が容易に作れない(or作りづらい)。これがこの文章題
の1番のポイントですね。普通は問われるものをX,Yでおいて、文章から2つ
の要素を汲み上げ、式にすればいいが、「生徒数の問題(これも割合の1つ)
」や「割合の問題」は、もとになる量をX,Yでおくのが解法の基本パターン。
これを容易に理解しないし、また使いこなせない。
・上記の立式が自力で作れた生徒は、その計算もまあ何とか出来ることが多い
が、ヒントを言ったり詳しく説明を繰り返して式を作った生徒は、ここでま
た計算の壁にぶち当たる。実際解いてもらえばわかるが、案外この計算レベ
ルになると歯が立たずに、何度も消しゴムで消したり、まごついている。
・最後の段階、Xの値が求まった。それを答えにする迂闊なミス。XはB校の男
子生徒数だから、A校の男子生徒数に転換しなければならない。これをつい
うっかり忘れてしまう。
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長くなりましたが、ざっと、こんな感じでしょうか。もちろんこんな問題を突然、生徒にやらせているわけではありません。鉛筆が3本、ノートが5冊、云々の易しい易しい基本から、距離、食塩、生徒数・・・と、代表的な問題を解いたあとに、また割合の問題を解説したあとに、出題しているわけです。
そしてかくの如き問題レベルで、生徒は頭と思考の飽和状態を超えたかの如く、各々が内包している矛盾は噴出し、まるでその光景は、泥沼の田んぼに足を絡ませたかのように各自があちこちでその泥濘から抜け出せない。教えるほうからしたら、とにかくそこから足を引っこ抜くのに四苦八苦、頭より持てる体力を使い果たすこととなる。
無事自力で這い出た生徒もいるにはいるが、全員泥濘の田んぼから引き揚げて、わたしも肩で大きく息をし、ずたずたになった神経の惑乱を淪め、最初からこの問題を仕切り直し。噛んで含むように説明し、わからせ(やっぱり、介助がいるか・・)、思考させ、何度も細かい点を注意する。
生徒も、なるほど、ふむふむと頷いている。そして、わかった顔になっているのが殆ど。しかし、ここまでなんですよ。―――「知らない」―「わからない」―
0 ―「わかる」 わかっても、ほんとうにはわかっていない。なぜなら、そのあとの、「知る」がないから。自分の頭と言葉で考えていないからです。それをするには、帰っての「復習」でしょう?! そこでもう一度自分ひとりで考え、整理し、ポイントを掴まなければ、他に活用できないではないか。 他に活用できる力が、「知る」ことの本当の姿ではないのか?!
復習しなければ、「知ろうとしていない」のと同じ土俵にいる、ということ。そのことに気付いている生徒は、昨今非常に稀だといえる。気付かそうと、どれだけ言葉を吐いても、何度この「復習」の大切さを説いても、残念ながらその意味がわからない生徒にはわからないように思える。ただ目の前にある課題や宿題をこなすことが勉強だと思っている。故に、その勉強の姿勢と質は浅い。浅くて、実力はつくものではないでしょう。
ところでこの割合の問題は、冷静に視て、果たして難しいのだろうか? 私には決してそうはみえない。私立中学に進んだ生徒なら、その多くが、いとも簡単に解くレベルの問題だ。中学入試の算数のほうが、ずっと難しい。また、父母の方でも、数学にちょっと関心がある人なら、そんなに難しいとは感じない筈だ。なぜなら、パターン化された問題の、そのほんのちょっと変形した問
題に過ぎず、解法も容易に頭に浮かぶから。
しかし、今の平均的な公立中学生の手に委ねると、いや、この表現はよくない、まったく出来ませんから。定期テストで85点以上取ってる生徒としましょうか。その生徒でも、実際、制限時間8分(十分な時間)として、すらすら解くことが出来るだろうか?・・・ いや、とても手に負えないだろう、と推測する。
なぜ、そういえるのか? 我々は大きな誤解をしている、テストの点の評価を。普通の感覚で、数学が80点以上なら、まあそこそこ出来ているね、90点以上なら、数学は得意じゃない、96点なら、実力あるなあ、すごい、と観ますね。
でも、水をさすようで気が引けますが、そのテストの問題レベルはどうなの? 問題の質と構成配分、採点配分と基準はどうなっているの?
極端な例を書きますが(しかし今は、あまり極端でもなくなってきているのが、逆に怖いですが)、上の問題が連立方程式なので、テストの範囲がそれとして、前者が、計算関係の比率が80%、文章題が20%。文章題が基本的な易しいレベルが3問、1問だけ生徒にとってはややこしい見慣れぬ問題のテスト構成。
一方後者は、計算関係の比率が30%、文章題が70%。もちろん計算レベルも高い。文章題は大問4問(小問に別れている)、公立入試レベル2問(上記の問題ですね)、私立入試レベル2問のテスト構成。
もう結果は自明ですね。前者で90点取っていた生徒は、後者のテストでは下手すリやあ50点どころか、30点ぐらいしか取れないかも知れない。それが数学というものでしょう。自分の体験で数学のテストの点数を見がちですが、その問題構成もレベルも、昔と較べても落ちてきていますし、さらに新指導要領で30%減の内容になってきています。一応の評価はしても、努々それが数学の能力、実力と過信することはなきよう。
話を戻します。
「復習」して「知る」に到るわけですが、上の割合の問題は、一体、何を知ればいいのだろうか。何を押さえておけば、実力として身に付くのだろうか。長々書いたので、問題自体忘れましたね。(まあ、これが、復習でしょうか?)
もう一度、書きますね。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
A校の生徒数は、1008人で、これはB校の生徒数の75%にあたる。また、A校
の男子生徒数とB校の男子生徒数の比は2:3であり、A校の女子生徒数はB校の
女子生徒数の1.2倍である。これをもとにして、次に各問いに答えよ。
(1) B校の生徒数を求めよ。
(2) A校の男子生徒数を、方程式を作って求めよ。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
ポイントは何? これが短く、自分なりの言葉で言えなければなりませんね。
授業でわかったとしても、それをほんものにするためには、帰っての復習です。それは、言われてするものではないでしょう。ノートに問題を写し、自分で解く。まだわかっていなければ、じっくり解法をみて、理解してから。とにかく、自分の力だけで解くことが大切です。
そして、余白に赤で目立つようにポイントを書く。これなくして、知ったことにはなりません。時が経っても、問題見ただけで、その解法の骨組みが鮮やかに脳裏に浮かぶ。その、骨組みになる肝心の要素は? ―――
割合の問題は「もとの量を、必ずX,Yでおくべし!」(注、最後に転換!)
数学を例にしてきたわけですが、学習の核心部分、それをどう埋めるかは、あくまで本人次第だと、最初に述べましたが、これでおわかりいただけたでしょうか。自分にとってちょっとわかり辛いぞ、何となくわかった、大体わかった――そんな感覚のものは、ぜんぜんわかっていない! どうか復習して、自分の頭で、わかったことを整理し、わからない点は考え、理解し、「知る」と
ころまで、深く掘り下げてください。その蓄積こそが、ほんとうの実力になるのです。
最後までお読みいただき、有難うございました。お疲れ様でした。わたしも、疲れました。
では、また。
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