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  高校入試でターイセツなこと、って何だ?!
§225 公立トップ校を第一志望とするなら
<対岸から眺めると>

 今回もう一度だけ、成績上位の生徒に向けて話を進めてみます。

 新聞によれば、今春の公立高校入試で全国11都県で独自問題を出すとのこと。
 5教科すべて独自の問題を出す高校もあれば、英語と数学のみ、あるいは国語の一部も入れて独自の問題構成にする高校もあれば、共通問題に加えて独自作成問題を含ませる高校もある。また一部工業高校でも、入学してからの工業に関する数学の知識で、より密接な分野の力を観たいということで入試数学にその特徴を出す高校もあるらしい。

 県教委が数学・英語で難易度別に作成した2種類の選択問題を、共通問題に加えて構成、出題するパターンも結構多いかと思います。当然進学校を含め上位の高校は何度の高い問題を択ぶことになります。独自問題を出していたが高校側の負担が大きいということで早々とケツをわり(?)、上のシステムに変更した某県もあります。機密保持やテスト作成における高校側の担当教諭の心理的、物理的負担が大きいというのがその主な理由らしいが、まあ、全体の流れからいえば、ますます自校作成問題による学力検査をする高校が、公立トップ校を中心に増えていくのだろう。

「高校の改革が進む中で、一人一人の生徒のニーズにあった多様で弾力的な教育の推進の必要性から、色々なタイプの特色ある高校が新たに生まれています。高校側も自校の特色によりあった生徒を選別することで生徒の期待にこたえる必要性が従来以上に高まっています。」
「自校作成問題による学力検査を実施することで、学力において本校が何を生徒に求めているかを受検生に知ってもらい、本校が求める生徒を受け入れるとともに受検生の学習の到達度をきめ細かく見ることで入学後の指導の充実を図りたいと考えております。」

 これは、某公立高校の紹介文のなかの一節を少し、わたしが省略・整理した内容です。前半はいつもながらというか文科省の考え(?)をそのまま借りてきたかのような安直な内容で、その言葉とは裏腹に弾力性のない頭だなあと感じるが、そして論理も一部通じにくい表現もあるけれど、後半の内容はまあストレートな表現で、高校側が求めている本音が直截に述べらている点、少し参考になるかとも思います。

「共通の問題では生徒の力を比較しづらい、ありふれた知識ではなく、「考える問題」で、生徒の真の力を見たい」
 これもやはり新聞からの抜粋で、公立トップ校の校長の言葉。独自問題作成の狙いです。

 特に数学と英語で、ご存知のようにその試験内容は高度になりますね。時間配分は同じでも、英語は長文化し通常の1.5倍前後の分量になるのが普通だし、数学の応用問題もレベルがずいぶん高い。おいおい、ここまで高度な問題をだすかあ?・・・、ちょっとやり過ぎだろう、と思ってしまう問題もなかにありますね。まあ一部にはできる生徒もいるだろうが、大半はできない、受験生を過大評価した問題が混じっているようにも感じるけれど。

 またもう一つの大きな流れ。それは、学力検査と調査書の比重の変化ですね。比率は5:5から7:3のなかで、普通科では約半数が学力検査重視、6:4が中心でしょうか。それも主要5教科と実技4教科の調査書(内申点)の配点バランス(従来に比べ掛け率の差を減らしているなど)が変更されたり、細かくみれば都道府県、各高校によってさらにいろいろ複雑に違うので、わたしなんかは把握しきれませんが、大きな点ではっきり言えるのは、明白にわかることをくどく書くにすぎないけれど、絶対評価による内申の成績に、高校側は比重を下げていること、確かな学力を身につけている生徒を自らの学力検査によってより多く確保したいということですね。それは相対評価を維持してその成績評価にまだ少し信頼性がある(?・・・)、こちら大阪でも同様です。

 お兄ちゃん、お姉ちゃんが行かれて、また自身が経験されてその気風を感じておられる方も結構いらっしゃるでしょうが、伝統ある公立のトップ高校というものは、生徒の自主自立を尊重し、文武両道を建学の精神としいまも受け継いでいるところが多いですね。そして、一種独特の雰囲気とまたいい意味での気位の高さと矜持を、生徒のみならず、学校側、校長はじめ一人一人の教諭すべてが持っているかにみえます。

 しかし、いま、というより実際はここ20年以上漸減されてきた学習内容の質の低下(ゆとり教育でさらに決定的に破砕された感がありますが)と、周知のように私学の大学合格の実績とその躍進、それに符号して私学志向が高まるなか、かつての栄光も大いに堕ちた面があるといわざるを得ません。

 生徒数の減少に伴う入学定員の減少でかつての大学合格者数と単純に比較することはできないにしても、また地域の状況やその他の要因によってだいぶ差があるにしても、それ以上遥かに、その進学実績は落ち込み、また内容的にも見劣るところが増えてきました。まさに私学に、ごっそり喰われている。

 公立復権へ向けてあらゆる試み、制度の改革が行われていますが、自校作成問題と学力検査への比重傾斜はなにより、高校側が求める生徒をより鮮明にした姿勢の表れであろう。つまり、中学の勉強の成績だけではないのはもちろんだが、おおよその判断しかできない統一化された従来の学力検査と、特に、内申が半分も占める従来の選抜方式では、黙っていても自然に「俊秀な生徒」が集まってきた昔とは違って、全教科ができる「優秀な生徒」を受け入れているに過ぎないから。

 中学レベルの学習能力の高さがそのまま高校での学習にも当て嵌まる、とは言い切れないのは、ご承知のとおりです。たとえば、主要5教科で、数・英・理・社・国が定期テストでまんべんなく90点以上を常に取って、5段階評価の5を5教科とも取っている生徒Aと、数・英・理は100点かそれに近い点数を、そして国と社は80点台しか取れず、5が3つ、4が2つの生徒Bを較べたなら、どちらの生徒が高校で伸びるかは断言できませんが、さらには現在、塾に通って余分な(?)勉強をしているのが普通でしょうから、生徒のほんとうの力をど
こに設けるかやその見方などで違うのですが、敢えていえば、Bの生徒のほうが、高校の学習を受け入れる素地と対応する可能性は高いかな、と思えます。

 ここでの内申評価に対する疑問、それは絶対評価という信頼性に欠ける制度導入以前からあった、高校側の悩みでしょう。内申の大きな比重のため、力があってもBのような生徒は、受験できない場合が以前ならあったからです。さらにこれ以上といいますか、もう一つ大きな矛盾、ネックになる問題点がありました。

 それは、実技4教科の内申点の重さですね。入試では学力検査がないためその分掛け率が高くなるという理屈です。ここ大阪の例になり申し訳ありませんが(似たりよったりかと推いますので)、従来では数・英などの科目の1.5倍の配点になりました。10段階評価でそれに4倍したのが主要5科目の調査書点になるという仕組みで、つまり英・数などは40点に対し、音楽や美術、技/家、保/体などは60点です。ここで5や6がつけられると、目も当てられないことになります。また実際ありました。上の評価が5段階に対し、ここは10段階で書いているのは矛盾しておりますが、全国的には5段階評価が多いかなと思い書いたもので、2倍するなり2で割るなりどちらかの基準に合わせてお読みください。

 単純に比較をわかりやすくするため、上のAとBの生徒で表現しますが、実技は努力ではカバーできないもの、また能力差というものがあるでしょうが、たとえば音楽でAは内申9がつき、Bが5を貰えば、その差の4は調査書点では24点の差が開いてしまう。この差を入試で逆転するのはかなりきつい。身体が弱く、またなんらかの理由で体育の実技を控えねばなら生徒だっているものだけど、そういう場合の評価は普通とても低くならざるを得ない。この横に並ぶ具体例やその他の要因はまだまだあるが省くとして、また反対に5科目だけ勉強し、実技4教科は手を抜く生徒なんかは以ての外だと思うけれど、こうした中学側の次元で内申の壁に阻まれ、志望していたトップ校を断念して私学に行った力のある生徒、高校でその素質を伸ばした生徒もなかに、これまで結構いるのである。

 学力検査と調査書の比重の変化、従来の5:5から6:4になるということがどういう意味を指すかを、簡単に大阪府の例でいうと、入試の学力検査400点はそのままなのに対し、調査書点は440点(正確にいうと内申が52%強を占めていたのですが)から265点に縮小された形になります。上述のAとBの生徒でいうならば、国、社の差と音楽の3教科だけ差があるとして、従来ならば40点差が開いていたのが24点の差に縮まり、数・英・理でほんとうに実力のある生徒Bが、それも難度の高い選択問題(or独自問題)に対応する力があるとして、学力検査の400点のなかでその差を逆転する、または引き離すことは容易に見て取れるかと思います。(ただし本質的には同じでも各県の選抜方法はほんとにさまざまに異なりますから、あくまで目安として)

 同じ公立だとはいえ、中学では当たり前のように通っている考えや論理が、そのまま高校では通るわけではありません。中学から対岸のトップ校を熱い目でみてる割合ほどには、高校側は中学をみていない。その目の殆どは先の大学を見ているのだが、中学を観る場合はもっと醒めた目でみている。内申的に優秀な生徒より、ほんとうに力のある生徒、高校で伸びる生徒をね。それは私立だってまったく同じであるが、公立トップ校を第一志望とするなら、中学の普段のテストや学習その他の姿勢にこころ込めて頑張るのはもちろんいうまでもないことだけど、内申対策やその学力だけに目を奪われずに(いや、奪われている母親がほんとに多い。そんな生徒は高校に無事合格しても、成績は下位で低迷することになる)もっと確実でより高い実力を身につける努力を、これまで以上に心がけていってもらいたいと思います。